第一部 生物実験室の彼女

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「……どこでも良いけど。普通に、息がしたい。どこにいても、苦しい」 「……いきもの……」  彼女の独白を聞いて、率直な感想が、ふと寛子の口をついて出る。 「どういうことですか?」 「ああ。気に障ったらごめんね。前読んだ本のこと、思い出して。長良ちゃん知ってる? 植物って会話するんだって。会話って言っても、ファンタジーみたいな、かわいいおしゃべりじゃないの。動物や昆虫の食害を受けた木は、その傷口から防御物質を分泌したり、周囲の木へ警戒信号を出したりするんだって。有名なのは森林浴で有名なフィトンチッドだけど、他の植物の生育をじゃまする化学物質もあるとか」 「……へえ」 「面白くない? 動かない植物だって、ナワバリ争いするんだ。空気を読むって言うけど、まあ植物だとそう見せかけて、実際は化学交信をしているわけだよね。……納得。というか、だって自分の生えていたい場所に、他の背の高い植物が来たりすると、太陽当たらなくなるし、枝が当たったりして、じゃまなわけでしょ。肉食動物のナワバリとかはもっと切実に、今日明日の生存競争の話だけど。……よそのことだからかもしれないけど、いとおしいまであってね。皆必死なんだなぁって。ヒトの場合、社会性とか常識とかおかしいヤツは最低のルール破りだけど、イヤなニオイ出すくらいはね、ああー必死の攻撃、って鼻摘まめば良いか、なんて、私は本読んだ時に、思って。だからって、こっちが負けてやる必要もないんだけど」
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