第一部 生物実験室の彼女

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「何だよ。何もしてないよ。言ってもない」 「私、教室では泣かなかったんです。ここに来て、初めてなんですよ。つまりせんぱいが泣かしてるんです。どうにかしてください、これ以上かっこ悪いことしゃべりたくないし、泣きたくないです、私」  彼女の方も自分の感情を持て余していることは伝わってくるが、ものすごく自分勝手なことを言ってくる後輩に、寛子はお手上げのポーズを取りたくなった。  ――同情したら怒るくせに……。  責任を押し付けられて腹も立ったが、硬い制服の袖で何度もぬぐい、赤くなった目の付近を見ていると、やはり慰めてやりたい気にもなる。  とは言え、放課後なので、一枚しかないハンカチは湿って人に貸せる状態ではない。  ――と、言うか。  寛子は無言のまま、彼女の前に立った。 「じゃあ、今からあなたを、ぎゅってします」  宣言してから、腕を回すようにして、彼女の胴に手を回す。  びくり、と彼女は身を竦ませた。  この程度のことは、仲の良い友達間のスキンシップとして受け取れる範囲のことの筈だったが、彼女は真っ赤になって、戸惑っている。あまり親密な友達付き合いの経験は、幼少にさかのぼっても、ないのだろう。  あるいは、意味もわからず人に肉体を触れさせるこども時代を終えて、意識する年頃になった、という証かもしれないが。 「せんぱっ……な、何……!」
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