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「息のできるところ、わけてくれたじゃないですか。中学生の時。だからその恩返しです」
「鶴?」
「亀かな?」
「なんで?」
「鶴はいなかった。私たちの、生物実験室」
寛子は懐かしさに目を細めた。
教室の隅、水槽で飼われていた、亀とメダカ。
狭い場所で限りなく閉じた、静かな生に思いを馳せながら、寛子はゆっくり、一佳の言わんとするところを咀嚼する。
亀の、恩返し。――小さな頃に、絵本で読んだ。
「――ああ。りゅうぐうじょうかあ……」
「そう。タイやヒラメが舞い踊り」
「陸に戻ったら、玉手箱の力で婆さんになっちゃうんでしょ」
「人脈も地縁もない、地元を良く知らない婆さんに」
「こわい――ねえ――……」
「だけど、首長竜は、地元には来てくれない」
「…………」
その言葉で、寛子が思い浮かべたのは、「かはく」の竜ではなかった。ぼんやりと、一週間眺め続けたビルの森、ひとときも開発のやまない大都会の風景のことを、思う。
新しく建造途中のビルの上にたたずむ、鉄骨の首長竜。
長寿のかれが、ゆったりと睥睨していた眠らない大都市は、自分たちのりゅうぐうじょうと成り得るだろうか。
……木造建築が傾き、鉄骨の団地が黒ずみ、商店の看板が煤けていくばかりの、懐かしい陸を離れて?
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