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「優しいね、一佳は。でも大丈夫だよ」
「優しさじゃないです。もう、この人は……」
めんどくさい、と聞こえた気がしたが、声になっていたかどうかはわからない。
一佳は唇を噛んでいた。
以前の彼女なら毒舌をもって、ひらひらと誘いを躱す寛子を責めたかもしれない。
でも、彼女もきっと、別の生き物になったのだ。
人間の幼生は愚かだから、疑う力が弱くて、信じる力が強くて――色々なことができた。
大人になった今では不可能となってしまったことも。――幸せになることも、簡単で。
でもやっぱり、とても、難しかった気もするけれど。
正しくなさに、折れてはあげられない。大人になってしまったら。だから。
「せんぱいは、私のこと、嫌いになって別れましたか?」
「……こんなところで……」
「今離したら、もう近付いてこない気でしょう。めんどくさい人。わかってる。だから離しません」
「…………」
「私はずっと好きでしたから」
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