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「…………。一佳」
「今でも、好きです」
好き、と言う。
それが、唯一知っている、他人に使える捕縛の呪文だからか。
使う。
一佳だって、その意味は、本当にはわかっていないと思うのだけれど。
「好きです、せんぱい。うちに泊まってください」
――多分、恋愛の色はしていない。ずっと。
だけど寛子は、寛子の肋骨は、彼女にしがみつかれたくて、じくりと熱を持つ。肉は互いの温度で溶けたがって、疼く。
最高に気持ちが良かった瞬間の記憶は、十年以上経ってもまるでなくならずに、寛子の中でくすぶり続けている。
無性にさびしい時に。無力な時に。やるせない時に。自己嫌悪が激しい日に。
「せんぱい」
一佳の声が、甘く、耳に溶け残る。一瞬だけ目を閉じると、ゆるい闇が、思考放棄をうながした。
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