第三部 そこは愛しきアクアリウム

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 用件はわかっている。年の瀬が押し迫るこの頃だ。  二年に一度は実家に帰省するように心がけていた寛子だが、今年の年末は難しそうだった。来年も、どうなるかわからない。  心配する親のメッセージを慎重に受け流し、言葉を選んで、断りを入れなければならない。  還暦を過ぎて、両親も、同居していた頃とは雰囲気が変わった。  片方の親から聞く、もう片方の親の様子は、自分が知る「父」でも「母」でもない気がする。弱いし、わがままだが、急に物分かり良くなったり断線したり、ステレオタイプな「優しい老人」「めんどくさい老人」のどちらに仕分けられる感じでもなくて、どういうことで激昂し、また落ち込むか、読めなくなった。  駅や電車の人込みの中や、外の寒さに震えながらでは、こちらも配慮しきれない。家に帰って、腰を落ち着けてからでないと無理だ。  ――そういえば。  速足で駅に向かっていた寛子は、ふと立ち止まり、顎をあげた。  早くに日没を迎え、静かに大都会のネオンを受け止めるばかりの冬の空。  ――こんなに寒いのに、今年、まだ、息、白くならないんだ。  もう、積雪が二メートルを越えたという地域もあるというのに。  試しに道の端に避けて、たっぷりと息を吸い、肺に溜め込んで吐き出せば、不織布マスクの向こうに、ちゃんと、白い靄が漂った。
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