第三部 そこは愛しきアクアリウム

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 都心にある職場から、乗り継ぎ含めて一時間弱。最寄り駅から徒歩十五分。夜は暗いので、街灯のある車道沿いの道を歩く。  今、二人の城は、平成生まれの木造アパートだ。  一つ前の昭和アパートと違って、なんと、トイレ・浴室別。一人が風呂に入っている間、もう一人が無情な苦労を強いられる必要がなく、最高の家に越せたと気に入っている。しかも、以前よりも広くなった。寝る前に、こたつの両サイドに布団を敷くのではなく、寝室専用の部屋があり、念願のベッドまで置けた。  住環境は、一度アップグレードするともとに戻れないと聞くけれど、今の寛子にはそれがよくわかる。  かといって、両親がローンで購入した、注文住宅の広い一軒家に帰りたいとは思わない。いくら利便性の高いハコでも、顔を合わせるたびに時代遅れな人生アドバイスとお説教を浴びせてくる家族がいて、漂う空気が自分にとって苦しいものなら、やはり、快適とは言いづらいものだし、広すぎれば掃除だって大変だ。  身の丈にあった家賃で、小回りがきいて、希望もある程度叶えてくれている今の家を、寛子はとても気に入っていた。  ドアノブに鍵を差し込んで回し、ドアを開けると、暖房の空気が玄関まで流れていて、身を切るような寒さが少し慰められる。一目散にリビングに向かいたいところだが、玄関を塞ぐように直立しているハンガーラックにコートをかけ、マスクをゴミ箱に捨てる。  そして洗面所で手を洗い、うがいをしていると、
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