第一部 生物実験室の彼女

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第一部 生物実験室の彼女

   彼女たちがはじめてキスをしたのは、生物実験室だった。  生物実験室は、私立汀野(みぎわの)大学附属中学校の四階建て校舎の、二階の廊下突き当たりにある。がらがらと音のする戸を引いて部屋の中に入るとつん、とアンモニアの匂いとかめの匂いが鼻をつく。  窓際には三つの水槽と手洗い場が並び、反対側には人体模型や骨格標本の他に、顕微鏡や電流計、実験器具のおさめられた棚がある。奥には教諭用の準備室があるが、不在時は戸に鍵がかかっていた。  授業が終わると、寛子(ひろこ)は生物実験室に来て、めだかの水槽の横に座り、気の向くまま、読みたい本を読んだり、気がかりな宿題を片付けたりする。大きくてすべすべした黒い机の感触が好きで、突っ伏して居眠りしてしまうこともあるが、背もたれのない角イスなので、しばらくするとふとももの裏側に痕ができた。  一応、部活動のために来ているのだが、男子部員は教諭の目が届きづらい三階化学室、女子の後輩部員は屋上菜園にたまっていることが多く、生物実験室はなかば寛子の根城と化している。  その平穏な放課後に、突如入り込んできたのが、彼女だった。  ――とても目立つ子。  寛子が一目でそう思ったのは、戸を開けて入って来た彼女が、百六十センチ代後半の長身だったからだ。真っ黒な髪はショート、丸顔で顔立ちは幼く、地味めだが、吊り目がちの瞳が大きくてかわいい。スカート丈は規定通り膝下。一年生だろう。
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