1-8 招かざる客人

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1-8 招かざる客人

ハルナ達は始まりの場所を出て、関所をくぐった門の前に戻る。 残念ながら、アイリスとはここでお別れとなる。 アイリスは最後までみんなの顔を見ることなく、宿舎に向かう帰りの馬車に乗り込んだ。 向かう時には一緒だった二人は、心配した顔で見送る。 「きっと大丈夫よ、アイリスは強い子だから」 指導員が笑顔でそう告げた。 残りの二名は指導員と共に次の訓練に向かうべく、訓練所行きの馬車に乗り込んで出発した。 その姿をエレーナとハルナは見送る。 しんみりしながら、ハルナは言う。 「やっぱり、ああいう場面は……ちょっと、クルわね」 「何言ってんの、あんなの毎回なんだからね! みんなが成功するなんてことないんだし、毎回悲しんでたら涙なんか枯れ果ててしまうわよ!」 そういうエレーナも、目から涙が零れ落ちそうになっていて、ずっと鼻をすすっていたのだ。 「さて……と、この後からハルナも訓練に参加してもらうわよ。覚悟はいい?」 「そうだった、忘れてた!」 しかめっ面をしてエレーナは、今朝乗ってきた馬車に向かう、ハルナも合わせて横に並んで歩いた。 馬車に揺られて、町中まで戻る。 町と門を結ぶ道を通るのはこれで、三度目となる。 お陰で、今どの辺りを走っているのか景色でわかるようになった。 屋敷のとなりの訓練所に入り、馬車は止まった。 前に出発した馬車は既に到着していたようで、訓練所の敷地の端に馬車は止まっていた。 エレーナとハルナは、今までとは違う指導員に案内され前回とは別の部屋に通された。 どうやらここで本格的な訓練が行われる様だ。 森で一緒にいた指導員とその他数名の指導員。 その前には、肩に精霊を乗せたオリーブとソルベティが立っていた。 精霊は森の時よりもやや大きくなっているようだ。 これからは、属性の確認となる。 まずは、元素の具現化から始めることとなる。 火の属性の指導員が、手のひらで火を起こしてみる。 ――ぼっ 火が灯る。 ライターの様な炎がユラユラと揺らいでいる。 「精霊を感じながら、今見たことをイメージしてみて」 指導員はそう伝えて、二人にやってもらう様に指示した。 オリーブは、手のひらに先程の大きさの炎をイメージして具現化しようとする。 しかし、特に何も起きない。精霊も反応を見せることはなかった。 次に、ソルベティが試してみる。 手のひらに、小さな炎をイメージする。 すると身体の中に今までに感じたことのない感覚が流れ込む。 ちっ……じりっ……ぽっ ――! 手のひらに炎か浮かび上がった。 「やった!」 ソルベティよりも先にオリーブが喜びの声をあげた。 フッ…… 火を起こせたことに驚いたソルベティは、頭の中が喜びの感情で埋め尽くされる。 と同時に炎のイメージが消えたため、炎が消えた。 「ということは、私の精霊様は“火”の属性ということね」 「そういうことになるわね。……おめでとう、ソルベティ!」 指導員はそう言って、ソルベティを祝福した。 「精霊の力で作る火は、普通の物が燃える火と変わらないのかなぁ」 ハルナは、エレーナに尋ねる。 「同じものよ。熱いし、火傷もするわよ」 「出してる手は、熱くないの?」 「そこまでは、知らないわよ…… 私は水なんだから」 いつかソルベティに聞いてみようと思うハルナだった。 四つの属性のうち、火ではないということがわかったオリーブ。 次は、別の指導員が出てきて、同じように手のひらの上に元素を具現化する。 スライムに似た、丸いぷよぷよとした粒が現れた。 エレーナと同じ水だった。 「はい、やってみて」 指導員はオリーブに伝える。 オリーブは頭の中で水の球体のイメージを作り、そのイメージを手のひらに伝えた。 が、しかし何も起きなかった。 精霊は何も反応を見せない。 「それじゃ、次ね」 そういって、また別の指導員が出てきた。 これがダメなら、属性は結果的に絞られることとなる。 これでハルナは今までに三つの属性をみた。 残るはあと一属性だけだ。 指導員は手のひらを上にし、元素を具現化する。 そこに現れたものは… (……石?) ハルナには普通に、そこの辺りに落ちている石のように見えた。 「ねぇ、あれって石?」 「えぇ、そうよ。土の属性は 四元素の中でも風と合わせて特殊な属性なのよ」 物質は気体と固体があり、風は気体で形がない、土は固体で形を持つ。 火と水はちょうど中間地点にある物質とこの世界では考えられている。 ただ、これについては属性の優位差は存在していない。 岩は風を防ぐが、風が強ければ岩を削ることもできる。 水は火を消すが、火が強ければ水を蒸発させることもできる。 要は使い手の力量や使い方が左右するということになると言うことだった。 オリーブは手を出して、先程見た石をイメージする。 今回は違う反応が起きている、身体に力が流れ込んでくるのを感じる。 そして、手のひらにコロッとしたものを感じた。 ――!! 「できたー!」 どうやら、オリーブの精霊は土の属性だったようだ。 パチパチパチパチ! 周囲から拍手が沸き起こる。 「よかったわね、オリーブ」 森に付いて来てくれた指導員が、オリーブを労う。 「よかったね!」 ソルベティも一緒に喜んだ。 「ありがとうございます! ありがとうございます!」 オリーブは何度もお礼を言い、頭を下げた。 そして、エレーナが次の訓練へと導いた。 「それでは、属性がわかったところで次の訓練に移りましょう」 色々なものが置いてある部屋に移動した。 天井から吊り下げられた輪、射撃訓練用の的など。 パッと見てわかるものもあるが、よくわからないものもあった。 ここからは、ハルナも合流する。 エレーナは、二人にハルナを紹介した。 「少し事情があって、お二人と一緒に訓練させてもらうわね。 名前は“ハルナ”、属性は風よ」 紹介が終わると、ハルナの背中を押して前に出す。 「ハルナです、よろしくお願いします!」 「こちらこそ、よろしくお願いします」 「よろしくね、ハルナ!」 オリーブとソルベティは挨拶を返す。 「それでは、早速訓練に入りましょう。最初は簡単なものからやっていくわよ」 森の指導員が訓練の開始を宣言する。 「では、最初にやることは、持続力の訓練です」 (走るのは苦手なんだけど……) 持久走と勘違いしたハルナは尻込みする。 「オリーブは、属性が特殊だから別メニューでやるから、こちらに来て」 先程、土の属性を見せてくれた指導員が、オリーブと共に別なスペースに移動する。 「ソルベティは、先程作ったくらいの大きさでいいから、炎を出し続けること。ハルナさんは、このロウソクの炎が消えない程度の風でこの線の向こうから揺らし続けてみて。……そうね、お互い初めは五分から初めてみましょうか?」 指導員はロウソクの乗った燭台を、テーブルの上に乗せる。 そして、指先に炎を出してロウソクに火を付けた。 「とにかく、これが出来たら今日の訓練は終了でいいわ。頑張ってね!」 嫌に優しい笑顔が引っかかるが、とにかくやるしか無い。 「うわ!なにこれ、キッつい!」 隣のソルベティが、悲鳴をあげる。 どうやら、30秒くらいで身体にだるさが出て炎をキープ出来ないとのこと。 ハルナの額に冷たい汗が流れる。 思い出したのは、あの森の中での暴走した時の意識が遠くなるあの恐怖の記憶が頭に浮かぶ。 しかし、ここまで来たらやるしかないのだ。 今回は周りに助けてくれる人もいるし、何しろ訓練する人が一人でないのは心強い。 ハルナはそっと右手をロウソクに向けて、風を起こすイメージをする。 すると身体の中に何かが流れる感覚が右手に向かっていく。 右手の手のひらから起きた風は、ロウソクに向かって吹いた。 ――ゴゥ! 台風の日に身体が押し返されるくらいの勢いの風が吹く。 その風はロウソクの炎を消すにとどまらず、テーブルごと倒してしまった。 指導員は目を丸くして、倒れたテーブルをみる。 そしてこの部屋がシーンとした。 なぜかエレーナは、自慢気の顔付きだった。 ハルナは、またやらかしてしまったと思いこの場を取り繕ろうとする。 「ご、ごめんなさい。テーブル壊れてないですか?……あ、床に傷がつきました?」 その声に、一同に止まっていた時間が戻る。 「――あ、あなた。本当に初めてなの!?」 指導員が慌てて、質問する。 テーブルとロウソクを元に戻しているハルナは答えに困った。 「この子は、ちょっと訳ありなのよ。ポテンシャルは見ての通りだけど、使い方がまだまだ未熟なの」 エレーナは代わりに答えた。 「確かにそうですね、意図的にやっていたとしたら、少々脅威を感じてしまう程の威力でしたからね……」 「そうなの、力のコントロールをメインに指導してもらえると助かるわ。もちろん持続力もね!」 なぜかまた、自慢気のエレーナ。 「わかりました。少し練習プログラムを改修して訓練します」 「今見てわかったのは、力の方向はイメージ出来てるのだけれど、形や力の量は雑ね」 そして、もう一度ロウソクに火を灯す。 「勢いと大きさを先程の力よりも、もっと小さく少なくしてごらんなさい」 「はい、やってみます……」 手をかざす前に頭の中で、イメージを作る。 細く小さな風の管を作り、勢いは少なめにする。 ハルナはまた、ロウソクに手を出して風の力を流し込む。 ――ピッ ……コトン ロウソクが見事に切れた。 しかも燭台が倒れることなく。 「――あ」 「えぇ……いいのよ、いいの。普通は最初からこんなことできないのだから」 (私、エレーナ様とこの子にバカにされてるのかしら……) 簡単なことをお願いしているはずなのに、それ以上の動作で失敗するハルナに少し嫌気がさしてきた指導員だった。 そして、時間が経ちコツがある程度掴めてきた。 「あー!! あと少しだったのに、意識が揺れたー!」 ソルベティは、足を踏み鳴らして悔しがる。 コントロールの仕方は、順調のようだった。 ハルナの方は、一本燃え尽きると一時間を示すロウソクが二本目に交換された頃から、徐々にコントロールができるようになってきた。 周回クエが得意だったハルナの集中力と根気は、こんなところで発揮された。 「うーん、コツはつかめてきたんだけど、なかなか安定しないなぁ」 「そうね……、安定はしてきているんだけど精霊からの受取りが安定しないのかしらね?」 (フーちゃんが、気まぐれだから??) 「そういえば、あなたの精霊様はどちらに?」 (!? フーちゃんの姿って見せても大丈夫なのかなぁ……) エレーナに確認しようとするも、向こうでオリーブの様子を見ている。 「えっと……それは」 ハルナが話そうとしたとき、ドアの向こうが騒がしくなっている。 「なぜ、アイリスにもう一度受けさせてくれないのです!? そこをお退きなさい! フリーマスの者はいないのですか!」 女性の怒鳴り散らす声が聞こえる。 エレーナも、何か異変が起きていると気付いたようで、ドアに向かって歩いていくと バン!! 扉が勢いよく開き、一人の女性が入ってきた。 ドアの向こうでは、他の指導員が困った顔でこちらを見ていた。 「わたくしはアイリス・スプレイズの母親です! フリーマスの者はおりますか!? アイリスにもう一度、契約の儀式を受けさせなさい!!」 場の空気も読まずに、すごい剣幕で要求をしてきた。 エレーナはその女性に歩み寄り、眼前に立ちはだかる。 「初めまして。私はエレーナ・フリーマスと申します。本日はこちらにはどのようなご用件で?」 「貴方、フリーマス家の者ね。私はアイリスの母親で、カルローナ・スプレイズです。今回はお願いがあり、こちらに参った次第です」 相手の女性は先程の態度とは異なり、一旦落ち着いた口調で挨拶をした。 「で、そのご依頼とは?」 なんとなくわかってはいたのだが、念のためにエレーナは聞いてみた。 「もう一度、アイリスに契約の儀式を行って頂きたいのです」 指導員達は皆、 “えっ?” という顔をした。 「大変申し訳ございませんが、そのご要望にはお応えすることができません」 エレーナは、はっきりと答えた。 カルローナという女性は、目を丸くする。 「貴方になんの権限があって、そういうことをおっしゃる事ができるのか分かりかねますわね」 「当家は精霊との契約に関する祭事及びその規則は、王国から依頼されて管理・実施しております。ですので、王国に背くような規則違反を行う要求に対して、お聞き入れすることはできません」 女性は歯軋りをする。 落ち着きを取り戻すべく、懐から羽根の扇子を取り出して広げた。 そしてわざとらしく、大きなため息を吐く。 「……貴方では、お話しになりませんわね。貴方の上の方はいらっしゃらないのですか?すぐにわたくしのところに来るようにいいなさい。早急にです」 そう告げると、カルローナは勝手に椅子に座り、ふんぞり返って足を組んだ。 指導員達全員は、この招かれていない客人を“敵”として判断した。 しかし、政治的な影響や相手から物理的な損害を受けていないためにこちらから手を出すことはできない。 せめてもの抵抗は、エレーナからの指示以外では絶対に動かないと決めた。 「……どうしたの?早く行きなさい。わたくしも忙しい中、わざわざ足を運んでいるのですよ?」 「先程の話しの内容は、私も権限を有しております。これはフリーマス家だけではなく王国とも同一の認識ですので、先程回答させていただいた通りです」 カルローナは聞いてないフリをする。 「ここの家は、格上の客人が来ているのにお茶の一つも出さないのかしら?」 部屋に殺気が満ちる。指導員の精霊が一斉に飛び出した。 「あら?その精霊は何のつもり?まさか、無抵抗の客人を攻撃するつもりかしら?……それに、この事実はもう消せないわよ?」 エレーナはしまったと思った。 これで相手に付け入る隙を与えてしまったのだ。 (いっそここで行方不明にしてしまおうかしら……) そんな恐ろしいことさえ考えてしまった。 「どうしたのですか、これは?」 この場に、新しい声が加わる。 「あら、これはアーテリア様。お久しぶりですわね」 カルローナは姿勢を変えることなく、アーテリアの方に目だけを向けて挨拶する。 「これは、カルローナ様。こんな貴方様に似つかわしくない場所でお会いするなんて……本日はいかがなされましたか?」 広げた扇子を畳み、アーテリアに告げる。 「今回の契約で、我が子が精霊との契約が結ばれなかったと聞き、参った次第ですの。要件はもう一度……いや、明日にでももう一度契約の儀式を行っていただきたいのです」 「その理由をお聞かせ頂いても?」 カルローナの眉間にシワが寄る。 「そうですわね、理由をこちらから伝える必要は本来なら不要ですが。今回は特別ですわよ?」 アーテリアは上からカルローナを見下ろす状態のまま、その言葉には応答しない。 「今回の儀式では三人が挑み、契約できなかったのが我が娘だけというではありませんか。そんなことは許されるはずがありませんの。ですから、もう一度契約をさせるのです。そして、必ず成功させなさい」 アーテリアは顔色を変えずに、今の発言に返す。 「それはスプレイズ家からのご命令ということでよろしいのですか?」 「そうよ、これは命令ですわね。格下の家が格上の家の指示に従うのは当然で自然のことなのよ」 「では、スプレイズ家は王国に対してご命令されたということで、王国にはご報告させていただきます……それでよろしいですわね?」 ――!! 「先程もエレーナからお伝えしました通り、当家は王国からの命令により精霊様との契約に関する運営管理を任されております。その規則に外れる行為を依頼されるということは……スプレイズ家、全体に関わる問題かと思われますがいかがですか?」 カルローナの持つ扇子は、あと少しで折れそうなくらいに曲がっていた。 「アーテリア。貴方、スプレイズ家に抵抗するわけね。よく分かりましたわ」 そう言うと、席を立ち睨み付けるようにアーテリアの顔を見る。 「私に精霊を見せて脅した責任もとっていただくことになるわね!」 「ここは、ご覧の通り訓練所です。精霊様がいることには何の問題もございませんわ」 カルローナはアーテリアを怨むようにひと睨みし、部屋を出て行った。 指導員達は部屋のドアを見つめ続ける。 握り拳が震えているものもいる。 ハルナも、塩があったらまいてるところだ。 パン!パン! 「さぁ、ぼーっとしてないで訓練を再開しなさい!時間が勿体ないわよ」 アーテリアは手を叩き、止まった訓練を再開させた。 「「「はい!」」」 指導員達は、アーテリアの命令に従い訓練を再開させる。 ソルベティがハルナに近付いて来て、耳元で呟く。 「あれがスプレイズ家なのね。フリーマス家が虐げられているという噂は本当だったのね」 「そ、そうみたいね……」 ハルナは事情は知っているが、ここは知らないフリをしておいた方が得策だと判断した。 「ホラホラ、そこの二人!お喋りしてると訓練の内容増やすわよ!」 ソルベティは”怒られちゃった”という顔をしながら、ハルナの側を離れた。 その夜、ハルナはアーテリアに呼ばれた。
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