王女様とサムライ

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「さすが、卓の兄貴か」 「でも、技をつっかけるのに夢中になって、隙だらけになって・・返し技で一本をとられるってパターン」 「いのしし武者か」 「おかげで、連戦連敗」 「東さん、お願いします」 「ありゃま、なかなか、兄貴、モテモテじゃないか」 「あんな、見事ななげられ役、コーチだってしてやれんぞ」 「みんな、兄貴が白帯だって知っているから、手加減して、基本に忠実な投げ、してますよね」 「そういえば、そうだな。普通なら、もっと変則にならんと、世界の黒帯相手じゃ試合にならんのだが」 「でも、それがあだになるの、また、こういう試合で」 「そういうのは、なかなか素人の観客には、わかってもらえん」 「でも、そういうもんでしょう?数センチ深く帯や襟をもてるかで、変わっちゃうんだから」  さすがに、何十回と投げられれば、それはそれできついものなのだが、丈のダメージは、周囲が思うほどのものではなかった。 「お話を聞いていいですか?」 「え・・」  何を考えたのか、地元の新聞の記者が、たどたどしい丈に取材してきたのである。 「それは、まあ、いいですけど、どうして僕に」 「助かった。みんな、英語もダメだって、逃げ回ってしまうので、困っていたんですよ」 「日本人は、英語、本当に苦手ですからね」 「アメリカの属国ではないのですか」 「独立した友好国ですが、それを第一言語にすることはなかったので。もし、英会話の試合になったら、みんな逃げ出すでしょうね、正直。不戦敗になっちゃうんじゃないかな」 「ははは、これは、意外な弱点だ。よければ、取材に協力してもらえませんか。これじゃあ、記事にならないから」 「いいですよ。今回、勝負は大事ですが、それよりも、皆さんとの友好を深めるのも、大事な役割だと聞いていますから」 「そのとおりです」  TV局のクルーも、丈のほうに集められた。  三千子は監督たちの通訳で手一杯だったのだ。東丈が予備であっても選手の一人と勘違いされたのは間違いない。丈のほうもあえてそれを否定しないままに取材は進んでいった。  それは、重量級選手のときだった。 「・・或る意味、気になるのは、オイゲン・ベッガー選手でしょうか」  ライバルになる選手はと、彼が聞かれたときのことだった。その選手は、その男の名前を挙げたのだ。 「トランシルバニアの選手なのだそうですけど、こちらには情報がほとんどなくて。かなり強い選手なのだそうですね」 「おや、日本人は知らないのですか」 「トランシルバニアについては、ほとんど情報がなくて」 「日本ではヨーロッパの謎の小国ということで、国交があることを知っている人さえ少ないんです」東丈がフォローする。「それこそ、ドラキュラ伯爵のふるさとってことで・・・みなさんが、日本にはまだちょん髷を結ったサムライが闊歩していると考えるようなものです」苦笑してみせる取材陣を見て取って言葉を続けた。
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