王女様とサムライ

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「・・・そうか、わかるかい」丈の通訳を聞いたフレー大使が言った。「柔術を彼に伝えたのは私なのだが、もともとは、ベッガーは王家守護の軍人なのだ」 「軍独自の格闘技?」 「ああ、それに柔術を合体させた、彼の新しい柔術なのだ。もちろん、試合では柔術のルールにのっとって技をかけるのだけど」 「なるほど」丈の通訳を聞く前に、卓は、言った。「面白い。そうやって地元の格闘技を飲み込んで新しい柔道が、生まれるのか」 「負けるな、卓。そう聞いては、なおさら、本家が負けるわけにはいかない」  審判は、すでに、しかしこのベッガー柔術の弱点を見破ったようだ。 「そうですね。努力は認めるけど・・所詮は、独学」 「その鼻をへし折ってやれ、卓」 「いいんですか、試合で・・」 「それで困るくらいなら、日本代表なんざ、やってねえよ」 「さすがです」 「はじめ」 「を・・」  卓が行ったのは、最初と同じ入り方だった。 ず!  今度は、ベッガーが技をかける。  丸めた卓の体を、引き上げようとする。完全な力技。 「ヌ・・」  しかし、卓は、それを予期していたに違いない。  耐えてみせた。 「そういうこと」  そして、 す・・!  その瞬間、ベッガーの力が抜けたとき、卓がその巨体を背負った。  ベッガーの体が、浮いた。 「そこまで!」 「ですね」そういうと、卓はベッガーをおろした。 「何ガ、起コッタンダ」ベッガーが、思わずフレーに向かって言った。 「これが、”柔よく剛を制す”・・さ、旦那」卓は、ぽん、とベッガーの二の腕のあたりをたたいて言った。 「これ以上は、本戦でしてください、勇者ベッガー。いいですよね」 「了解した」そう答えたのはフレー大使であった。「改めて、東洋の神秘を見せてもらったよ、ありがとう。帰ろう、ベッガー」 「え・・・」  それは、予想外の事態だった。といっても、そんな大きな事件というほどでもないのだが。  ルーマニア地方の小国トランシルバニアの王女が、その特有の”気まぐれ”で、本日の柔道大会を観覧することにしたというのだ。 「おやまあ」 「なんか、町は、柔道の試合よりも、そっちのほうの話題で持ちきりみたい。新聞も、ほれ」 「おやまあ」  現地語はわからないが、新聞にその美少女の写真が大きく載っていた。  国際大会というより、ウクライナという”東”の国で行われる国際親善行事だからだ。  トランシルバニアのその美少女、その超能力も含めて、この界隈では大の有名人だったが、さすがに”西”の彼女が”東”に来るのは困難だったわけで。親善行事ゆえに”壁が緩んだ”からできる”暴挙”だった、のである。  その”気まぐれ王女”とは・・言うまでもなかろう、ルーナ王女だった。 「うっは~~~完全に、主役はあちらって感じだね」開会式前、会場を覗いてきた日本の選手が言った。 「ソ連の書記長本人が来ても、これほどの騒ぎにはならないんじゃないか」  ソ連からは、ぱっとしない書記長の名代が来ていた。  だから、その脇に急遽場を占めたルーナ王女の美しさは、他を圧するものがあった。
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