王女様とサムライ

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とるるるる・・とるるる・・ 「はい・・はい・・丈は在宅しております」  東家の古い・・といっても、当時はまだこの黒電話は普通だったはずだ・・の受話器を最初にとったのは、姉の三千子であった。  末の弟の卓は大学の柔道部の訓練からまだ戻ってきていない。  途中から、流暢な英語に切り替えている。彼女は英語の翻訳の仕事をしながら、通訳のアルバイトもしているので、その点は慣れたものだ。  丈は、二階の自分の部屋でなんとなくジャズのレコードを聞いていた。そのために、階下の姉の電話の会話の内容まではわからない。  正直、暇だった。  英文の資料を目にするが、それをネタに記事を書く日が来るのかどうかも保証の限りではない。  大学生時代のオカルト研究部活動の中で得たコネを元に、卒業後”超常現象研究家”として身を立てることにしたのだが。西欧のように、日本でも超常現象研究を学問分野として確立しようと志したのだが、そんな野心も日本の厳しい現実の前に立ち往生しているというのが現状。今は、細々と、文筆業として、雌伏の時を送っている状況だった。 「丈ちゃん、丈ちゃん、お電話よ」 「ああ、わかったよ、姉さん」 ”この年になっても、丈ちゃんかよ”と内心舌打ちする。  もっとも、一回り近く年上の姉は、早くに母をなくした丈兄弟は彼女を母親代わりとして育ったために、一生頭が上がらないわけで。  この吉祥寺のあたりはあの”江戸市大空襲”でも焼け残った稀有な場所である。そのおかげで、この東の家も、江戸時代からの武家造り・・屋敷とは到底いえない・・になっているわけで。意外と階段が急なのだ。小さいときはよく落っこちたものだが、今は、そんなでもない。 「トランシルバニア大使館からよ」 「え・・」  その三千子の言葉を聴いた瞬間、衝撃で、丈は、その階段を踏み外した。 どでででで・・・どし~ん、  そのまま、無様に尻餅をつく。 「いててて・・」 「まったく、何をやっているんだか」三千子が、尻をさすりさすりやってくる弟に苦笑して見せた。「今変わります」 「****」 「って、向こう、英語じゃないか」  黒い受話器の向こうから流れてくる、訛りのある声に、丈は三千子の方を、情けない顔で見た。 「当然でしょ。さ、覚悟して」
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