一変した世界

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一変した世界

うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん、とウイングルシールドがけたたましく啼いていることで、俺は朝が来たことを実感する。 ウイングルシールドというのは、ウイングル科の代表的な鳥で、成鳥ならば体長が1メートルを超える、緑色の翼を持った美しい鳥だ。 我々の世界はR-DNA融合実験の失敗後、すっかりと生態系がシャッフルされてしまった。ウイングルシールドは実験以前の世界ではまるで地球上でお目にすることはできなかった鳥の一種だが、世界が一変した後、叫ぶ野鳥の会の観測結果を基に鳥類研究会が正式に研究を行った結果、新たな種の発見を認めざるを得なくなり、世界が突然の新種の発見に沸き、ウイングルシールドが発見された富山県黒部市では黒部ダム以来の観光資源が突然市内から降って湧いたことで市長をはじめ市民は歓喜の声をあげたが、喜びもつかの間、実験以降世界の各地で様々な新種が発見され、全国各地で新たな新種をピックアップした町おこしが展開され、人気新種となったベクトコルバンベアーを推しに推した埼玉県所沢市はふるさと納税が100億円の増収をあげる結果となった。 黒部市は新たな発見もそれが世界同時発生的であれば、まるで珍しいものではなくなってしまうという悲しい事例を世界に伝えただけで、更に悲しいことにウイングルシールドはウイングル科の亜種が世界各地で発見され、新種の中でもまるで凡庸な鳥類の一種に過ぎず、世界が沸いたのはほんのひとときの間だけで、黒部市には以前と同様に未だにほとんどの場合石原裕次郎目当ての観光客がたまに来るだけだった。 「はぁーっ、かったりぃなぁ」 鈴木ソノヲは20歳のフリーターで、核融合施設に勤めている。核融合施設は過去に社会問題として長年人類を悩ませていた原子力発電所のように、労働者が健康を害されることはなかった。もちろんベクトル単位で物事を考えれば健康被害はあるといえるのだが、それはペンキを日常的に扱う大工の健康被害や、レントゲンを日常的に撮る放射線技師の健康被害と同程度で、確かに健康被害ではあるが、深刻に考慮される機会はめったにない、といったものだ。 インターネットが発見され、様々なものに価値が分散された後、仮想通貨が流通することにより、あらゆる価値は実体を帯びることになった。実体を帯びたあらゆる価値は社会を確実に変革していったそうだが、それは教科書で習った程度のことで、よくは知らない。 俺は確実に変革が為された(らしい)時代に生まれたから、もともと世界はそのようなものであるという認識しかもっていなかった。確実に変革がなされた、といったところで、R-DNA融合実験後の世界はそれまでの変革といわれるものが失笑するしかない程度にしょぼいものだったのだが。何せ俺はこの1年間で身長が4メートル80センチ伸びた。 ソノヲが核融合施設で担当していることは、ネジを締めることだった。身長が伸びたことは世界が劇的に変化した世界の中でも稀な変化だったらしい。ネジといっても小さなネジをドライバーで締めるようなものではない。 腕力で、巨木に相当するような大きさのネジを締めるのだ。核融合施設はまるで大きな傘のようだった。施設内で何が行われているか、ということが些末な話に聞こえるほどただ広大で、東京ドーム580個分の広さがあった。俺はその中でひたすらネジを締める作業に従事している。 核融合施設で行われていることは環境問題や温暖化問題、経済問題など、人類の様々な問題の解決を大きく前進させたそうだが、そんな施設にいようが俺の仕事は単にネジを締めることで、それは俺の身体が6メートルほどあろうが、ネジが巨木のように大きかろうが、大差のないことであった。 ものすごくスケールのでかい単純作業に従事しているといった感じだろうか。いくらスケールがでかくても単純作業は単純作業だし、はじめこそ話のスケールの大きさにワクワクしていたが、結局作業に従事してみると毎日が単調作業の繰り返しで、飽きてくるのは当然の話だ。 ちなみに一体そんな大きなネジを何に使っているのかというと、施設内で動く超巨大ロボットを動かすために使われている。ロボットのネジなんてそれこそロボットが締めればいいのではないかという話なんだが、超巨大ロボットは超巨大なだけに特殊な構造で動いていて、通常のロボットでは近づくだけで金属から出る電磁波が超巨大ロボットのセンサーを狂わせてしまうので、人間がやるしかなかったのだがもちろん普通の大きさの人間ではそんな大きなネジを回すことはできないから、俺たちが世界に出現して、世界は歓喜したそうだ。 何でも俺たちが現れたことで、発想としてはあったが現時点では不可能であったことが可能になったんだって。だから世界中の核融合施設では俺みたいなのがネジを締めているはずだ、とはいっても世界で数百種しか観測されていない事例らしいけど。日本は幸運だった、といっていた。 俺がいることで核融合施設だけではカバーしきれなかった環境問題の32%がクリアになるといっていた。まだ試験段階だが、上手くいけば世界の環境問題は大きく前進するのだそうだ。とはいってもまだ俺は働き出して3か月で、試験段階らしかったが。 稀少な仕事なので、給料はベラボーによかった。毎月Sクラスのベンツが新車で買えるくらいの給料がもらえた。給料だけでなく、この仕事に就けば特殊な薬によって身体を以前の大きさに戻すことができるようになると教えられたことが仕事に従事するきっかけだったが。だって当たり前じゃん?いきなり身体が大きくなったって、どう暮らしていけばいいのか分からないし。身体が大きくなってまず思ったことは、自衛隊か何かの自動ロボットがやってきて抹殺されるのではないかということだった。 仮に抹殺されなくても、どう生きていけばいいのか分からなかったので真剣に自殺を考えたが、核融合施設に声を掛けられて本当に助かった。もしここから声が掛からなければ、俺はどうなっていたのだろうか。 というようなことは確かに劇的な出来事だった。生活は一変した。しかし慣れてみれば仕事は単調でつまらない。本当に生活は一変したのか?何も変わっていないのではないか。
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