仕事終わりの養老の滝

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仕事終わりの養老の滝

核融合施設には俺以外に白井という俺ほどではなかったが身長4mほどの巨人がいて、こいつは身長こそ俺より小さいが空手をやっていたらしく、とにかくパワフルで小回りがきいた。ただ俺は基本的に文化系でスポーツをやっているやつなんて大嫌いだったから、白井とは形式的なあいさつ以外交わしたことがない。 超巨大ロボットのネジは、作業の複雑さにすぐに損傷してしまう。一日も稼働すればロボットはズタズタになってしまっているそうで、3日間ケアを行い、そしてまた1日のみ稼働する。いわば3休1勤といった感じだ。 ロボットの身体全体には87箇所ネジが埋め込まれている。俺は3日で一体を担当し、現場で元通りに動く状態へと持っていかなければならない。つまり3日間で87本のネジを締めている。これは絶対的なノルマであった。白井と俺でネジを締めているわけだが、ロボットは4体いるので、本当は現場はうまくまわっていない。現場管理者の関口は俺と顔を合わせるたび、ああ、せめてあと2人鈴木君みたいな巨人がいてくれたらなあ、と愚痴をこぼすが、「俺自身なんで身体が大きくなってんのか分かんないし、そんな唐突に増えるもんなんすかね?いや、正直いきなりでかくなって俺どうしていいか分かんなかったですし、ここで拾われたからよかったものの、拾われてなかったら多分自殺してたと思うんすよ。俺とか白井みたいに巨人になったやつが核融合施設で働いているなんて世界中のほとんどの人間は知らないだろうし、もしかしたらでかくなったけどどうしていいか分かんなくって自殺したやつとかいっぱいいるんじゃないですかね?」とか何とかいってウザ絡みしていると関口は黙り込む。 当然ながら俺の代わりなんていないので、俺がサボればロボットの生産性は低下するし、又はパワハラを受けるなどしてメンタル的に病んでしまい結果的に作業がストップするようなことになってしまっても生産性は下がってしまうので、俺が作業に支障をきたすことそのものが関口のクビを意味していた。 だから関口は絶対に俺には強く出られない。まあ、俺の給料がいいのだから関口の給料もそれなりにいいはずで、家族がいるそうだし住宅ローンも払い終わっていないらしいので、どのような状況になっても関口が俺に強く出られないことは分かりきっていた。 それに関口は管理者といっても俺と白井を担当しているだけで、こいつは何をやっているかというと俺と白井がその日一日何をやっていたか報告しているだけだ。だから少々ウザ絡みするくらいは何の問題もないはずだった。とりあえず、関口は俺が作業が終わるとヱビスビールを手渡してくれるので、それで十分だった。一緒に飲みに行ったときにビールをおかわりするときはスタンハンセンのモノマネで「ワンモア!」って言ってくれるし、関口はいいやつだった。 「あのさ、関口さんさ、俺もう作業にあきてきたんすよ」 その日の業務が終わった後関口にいった。関口の顔が曇る。 「何か、単調な作業ばかりじゃ毎日がつまらなくてさ。生活にうるおいがほしくてさ。ちょっと変わったことがしたいんだよね。こんな貴重な仕事をしている人間が仕事終わりの荒野行動が唯一の楽しみ、みたいになってしまってもいいの?」 夜19時になった。俺と関口、そして白井の3人で養老の滝のテーブル席に座っている。関口に、白井さんと仲良くなりたいんです、と頼み込むと、早速白井に段取りをつけ、養老の滝を予約してくれた。白井を呼んでくれたはいいものの、俺は白井と何をしゃべっていいかまるで分からなかったので、関口にばかり話しかけていた。 白井も俺と同様なのか、関口にばかり話しかけていた。2時間飲み放題とコース料理を頼んだのだが、前菜が終わるまで、俺と白井は関口に話しかけているばかりで、2人の会話は最初のあいさつだけだった。 「関口さん、今日僕はなぜ呼ばれたのでしょうか。仕事で何かダメなところがあったのでしょうか」 白井は空手をやっているといっていたのでもっと荒くれた感じなのかと思っていたが、とても丁寧な言葉を話すやつだった。空手をやっているから荒くれているというのは、実家にあった空手バカ一代から入手した知識だったが、空手というものが本当に漫画の中の極真空手以外イメージできなかったので、空手をやっているイコール荒くれ者という認識だったが、実際は違うのかもしれない。 「鈴木君が白井君と仲良くしたいっていうから、連れてきたんだよ」 関口は俺と白井では微妙に違うニュアンスでコミュニケーションをとる。現場管理者だけあって様々なタイプの人間とのコミュニケーションに長けているのだろう。何だかんだ俺は関口を慕っているし、白井も嫌っている感じではなさそうだった。異なるコミュニケーションをとるということは人によって態度が違うということであり、嫌う人間もいそうだが俺はどっちでもよかった。俺にとって嫌な感じでなければ。俺と面しているときに嫌な感じでなければ。 「一緒の仕事してて、一緒の命運を辿っているのに、ろくに話したこともないって何か嫌じゃないですか、白井さん」 白井は23歳で俺より3つ年上らしいので、一応敬語を使った。 「僕も鈴木君とは一度しっかりと話をしたいと思っていたんですよ」 マジメか。マジメなやつだなと俺は白井のことを思った。年下であろうととりあえず敬語で接するタイプのようだった。マジメだ。 「施設で鈴木君とすれ違ってもいつもよそよそしい感じだったので、てっきり嫌われているのかなと思っていました。嫌われてなくてよかったです。僕もせっかく同じ仕事をしている仲間なんだから、仲良くなりたいなあ、と常々思っていたんですよ」 白井の言葉に涙がでそうだった。俺は初対面の人と上手く喋るのがとても下手なのだった。何を話していいのかよく分からない。向こうから喋ってくれれば打ち解けられることは多いのだが、話しかけてもらえない場合よそよそしくなることが多い。それは俺が大学を1年で辞めたことにも繋がっている。 「白井さんがいい人でよかったです。俺、白井さんが空手をやっているって聞いていたからもっとヤンキーみたいな人に違いないって思ってました」 というと白井は軽く笑いながら、それは昔の話で、今空手をやっている人ってマジメな人が多いんですよ、と答えてくれた。 その日は普段の仕事の話などで大いに盛り上がり、関口の新たなモノマネに2人とも涙を流して笑い、全員が程よく酔ったところで明日の安全を祈りつつ解散した。明日からの作業はきっと今日までよりは少しは楽しくなるに違いない。
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