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PRETENDER
「先生って、この歌みたいですよね」
「あん?」
小綺麗なカルチャースクールの一室。
師匠の自称助手、実際は留年中の生徒みたいな立場の私は、長袖のスモックを身に付けながら、流れている曲に耳を傾けた。
「この人たち、グループ名に『ヒゲ』って付いてんのにヒゲなんか誰一人として生えてないんですよ」
「何でそれが俺だよ?……おら、新聞敷け」
「分かってます、ありがとうございます。……だって、先生みたいな人をイメージしなくないですか?金継ぎ教室って」
私の師匠は、金継ぎ師だ。師匠の口からはっきり聞いたことは無いけど、もともとは漆芸家だった……らしい。今はカルチャースクールでの金継ぎ講座と依頼品の修理、数は限られるけど自宅で生徒を取っている。
「俺みたいな人って何だよ」
「むさ苦しい男性、です。」
金継ぎは、仕事としては分からないけど、趣味としてはお金がかかる。
漆はともかく、年々高騰を続けている金粉を相当な量使うからだ。場合によっては銀や色漆で仕上げることも出来るけれど、「金継ぎ」という位だから、金を全く使わない人は少ない。
なので、やって来る方もそれなりにお金のある、そして思い入れの有る器を直したいという、子育てが終わった位の年頃のご婦人方が多い。 ……最近、そうでもない人も居るけど。
「だから、これ」
「あん?」
「水汲むついでに、無精ヒゲだけでも剃って来て下さい」
金継ぎ用具一式を出しながら電気カミソリと水入れを差し出すと、先生は憮然とした。
「なんで荷物にこんなもん入ってんだ」
「カルチャーの必需品だからです。少しでも身綺麗にしてください」
身嗜みは、大切だ。
ぼさぼさの髪、本藍染の着込まれている作務衣、裸足に竹皮張りの雪駄の先生だって、きちんとすれば、和風イケメンに見えない事も無……くもないんだから。
「もうバレてんだろ、こんなヤツだって……」
「ご新規さんには、バレてません。初回で辞められたらどうすんですか」
ぼやく先生に、はい!と差し出すと、渋々受け取ってくれた。
「分かったよ。剃って来るから、手袋しろ」
お預かりしている生徒さんの作業中の器を出そうとした私をちらっと見て、交換条件を出して来た。
お預かり品は、もう漆が塗ってある物がほとんどだ。乾いているから、触ったって手に付けちゃったり、擦り取ったりする様な事は、無いんだけど。
「まだ大丈夫ですよ、手袋しなくても」
「しねぇならもう帰れお前。師匠を顎で使う上に逆らう奴はクビだ、クビ」
「……分かりました」
荷物からしぶしぶラテックスの医療用手袋のSSを出して、両手にはめる。
これをはめると感覚が鈍くなるから嫌なんだけど、命令だから仕方ない。
溜め息をついて、手袋をはめて、また教室の準備を続けた。
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