彼女

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彼女

「やった、今日は雨だ」 私は今悩んでいる事がある。 それは、好きな人が濡れている姿が見たくて、好きな人の傘を持って帰ってしまった事だ。 最初は偶然、私が歩いて帰っていると、後ろからバシャバシャと走ってくる音が聞こえ、水しぶきをかけられたくないからと道路脇に避けて、音の発生源を見た事だった。 傘を忘れたのか、傘を持っていかれてしまったのか、その人は傘をささずに雨の中、びしょ濡れでコンビニ方面へ走って行ってしまった。 どうやら着痩せする人のようで、濡れて肌にピッタリと張り付いたシャツ越しに、引き締まった腹筋や鍛えられた大胸筋が見えてしまった。 会社の先輩。小心者でおどおどしていて、人とあまり話さないけど、だからこそ人の嫌がる事をせず、頼まれた仕事をきっちりこなし、部下や回りの人の失敗をフォローしてくれる、尊敬出来る先輩。 憧れでしかなく、いつか声をかけたいなぁくらいにしか思ってなかったが、あんなにたくましい体を見せられると、筋肉フェチの私の胸は躍りに踊ってしまった。 偶然は重なり、また別の雨の日にたまたま私の前を歩いていた先輩が、傘立てに傘を立てているところを見てしまった。どこのコンビニでも売られていそうな、真っ白なビニール傘。 傘を持ってきていた事を嘆いたが、同時に悪魔が囁く。 「間違えて持って行った事にして、先に傘をとっちゃえば、また濡れた姿が見れるんじゃないか」 悩んだのは一瞬だった。 その日、定時退社のチャイムが鳴った瞬間にパソコンの電源を落とし、誰よりも早く傘立てに向かい、先輩の傘を取ってしまった。 そした、会社から一番近いコンビニの近くで先輩を待つ。コンビニ側で待ったのは、より濡れた姿が見れるから、という理由だ。 そして予想通り、その先輩は現れた。前にも増してビショビショに濡れ、鍛えられた体が浮き彫りになっていた。 それだけでも良かったのに、あろうことか先輩は、コンビニの軒下で体を拭き始めた。ハンカチで。 ビショビショに濡れた姿を見たとき、罪悪感を感じなかったと言えば嘘になる。やっぱりこんな事するんじゃなかった、と一瞬思った。 でも先輩。ごめんなさい。 それ以上に濡れた姿が魅力的で、私は自分を抑えられそうにありません。
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