彼女

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「ちょ、ちょっと、それ。俺の傘なんだけど」 そして、二回目でバレた。 本当は最初に取った白い傘を傘立てに戻そうと、良心とも相談したが、結局悪魔に負けてしまった。 そんな事言ってる場合じゃない。この状況はヤバイ。ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ! 落ち着け、冷静になれ私。足を止めてから振り向くまでの2秒で、今出来る限り最大限の冷静さを取り戻せ。 こんな形で会いたくなかった。でも救いはある。おそらく先輩は私の事を知らない。だって女性に興味なさそうだし、そもそも同じ部署の人でも、業務で関わりがなかったら名前を覚えてなかった。 安藤さんの事を「ぁn~さん」と言ってごまかしてた時は違う意味でヤバかった。 だからここは前からイメトレしてた通り、傘を間違えたで押し通す。これしかない。 「すみません。傷がついてましたが、誰かが自分の傘に傷をつけたんだろうな、くらいにしか思わず、間違えて持ってきてしまいました」 冷静を装って頭を下げたが、実は心臓バクバクで瞳孔は開いていた。 手元の傷について触れたけど、ここは気づいてないフリをしていたほうが良かった?でも、あんなに大きな傷に気付かなかったっていうのは、いくらなんでも嘘っぽい? 話が出来て、近くで顔も見れてすごくすごく嬉しいけど、今の状況を楽観視出来るほど能天気でも楽天的でもプラス思考でもない。 私がわざと傘を取ったってバレてるんじゃないか、変な目で見られてるんじゃないか。 恐くて顔があげられなかったけど、そんな事気にしなくて良かった。 「あ、いやいや!勘違いなら仕方ないから!気にしないで!誰でもするから!勘違い!」 傘を返した後も、気にするのは私の事ばっかり。 「あ、いや、やっぱりこの傘俺のじゃなかったから、持ってっていいよ」 「だから、よく見たら俺の傘じゃなかったから、その傘は持ってっちゃってよ」 冷静ぶって返したけど、分かってました。 先輩が優しいこと、優しいから色んな事に気付いちゃうこと、自分も大変なのに、気付いたらほっとけないこと、人と話をするのが得意じゃないのに、頑張ってくれてること。
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