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【第5話:そういう事にしておいて】
「うん。僕は『グリムベル第13孤児院』……どうやら、そこの出身みたいだ」
「ぐりむべる? ダインはうちに来る前も孤児院にいたの?? でも、聞いた事ない孤児院ね」
今僕がいる孤児院の名は『マリアンナ孤児院』だ。
マリアンナさんが個人的に起ち上げた小さな孤児院で、癒し手として高名なマリアンナさんの収入と、城砦都市国家シグルス運営機関から補助を貰うことで営まれている。
同じような孤児院はシグルスにいくつかあったはずだけど、「第13」などの数字がついた孤児院は無かったはずだ。
「そうみたい。ただ、名前は思い出したし、そこにいた事も間違いないと思うんだけど……そこでの記憶がほとんど無いんだよね……」
思い出せないといった感じとはまた違う気がするんだけど、僕自身どういう事なのかよくわからなかった。
「そうなのね……せっかく少し思い出せたのにちょっと残念ね。でも、そうなるとその孤児院にいた時に剣や銃の扱いを習ったって事かしら?」
そんな孤児院なんてあるのかしらとローズは不思議そうだ。
でも、確かにその通りだよね?
孤児院にいたのに剣や銃の扱い方を習うなんてことがあるんだろうか?
ましてや、前にいた世界はこことは違いモンスターウェーブも起こらなければ魔物もいない比較的平和な世界だったはずだ。
いや……本当にそう言えるのかな?
この世界メリアードでは、常に魔物の脅威にさらされているせいか、人同士の大きな争いはほとんど起こっていないと聞く。
一概に前にいた世界が平和だとは言えないよね。
そう考えていた時だった。
「痛ぅ!?」
頭の中をかき回すような激痛と、何か大きな物体の後ろ姿がフラッシュバックされる。
「ダインどうしたの!?」
「ごめん。ちょっと無理に思い出そうとしたせいか、急に頭が痛くなって……」
「ごめんなさい! 私が余計なこと聞いたから……」
「ローズは悪くないよ。もう収まってきているから気にしないで。それより……ようやく守護者か衛兵が来てくれたみたい」
そう言って、僕は通りにつながる方向に視線を向けるのだった。
~
「君たち無事か!?」
駆けつけたのは衛兵の人たちでした。
揃いの制服と対魔物用装備。
戦闘補助用の狼や鳥型のゴーレムを引き連れて、一人の若い衛兵さんが駆け寄ってきた。
守護者が魔物に対抗する専門職で、守護者ギルド所属の一般市民なのに対し、衛兵は魔物とも戦うが、街の中での犯罪の取り締まりなどが主な仕事のシグルス運営機関所属の役人だ。
今は普段の汎用装備から対魔物用の装備に切り替えているみたい。
「はい。一人、気を失っていますが、怪我などはありません」
僕が振り返ってそうこたえると、
「そうか! 怪我が無いなら良かった! 俺たちは討ち漏らしがいないかもう少し付近を調べるから、そのまま隠れていてくれ!」
そう言ってその場を後にしようとしたのだが、そこにその者の上司と思わしき人が現れる。
「おい。坊主。見ていただろ? この大量のソーンバードを倒したのは、誰だ? いや、それとも……坊主がやったか?」
声を掛けてきたのは壮年の男性。
この部隊の小隊長というより、衛兵部隊の部隊長のような貫禄だ。
「え? ジンさん? 何を馬鹿な事を言っているんですか~?」
「トウリ。お前は腕は良いが、観察力をもっと養えと言っているだろう? さっきのソーンバードは全て墜落による衝撃で死んでいる。これがどういう事かわかるか?」
「えっと……どういう事です、がはっ!?」
トウリと呼ばれた若い衛兵が、考える事をすぐ放棄して尋ねた瞬間頭に凄まじい威力のげんこつを貰って蹲る。
いつもマリアンナさんのげんこつを貰っているセリアが起きていたら、トラウマになったんじゃないかな……。
「少しは考えろ!! てめぇの頭は飾りか!」
「す、すません!! あ、あたまが取れる! あ、あたまが!?」
頭を鷲掴みすると、ぐわんぐわんと振り回すしていて本当に頭が取れそうです……。
「ったく! つまりなぁ、墜落の衝撃で死んでいるってぇ事は、正式な魔銃や剣を持った奴の仕業ではなく、そういったものを持っていねぇ奴がやった可能性が高いって事だ。例えば……鍛錬用の剣や銃しか持ってねぇ養成学校に通ってる奴とかな」
そう言って、僕の腰に目を向けて顎で指し示す。
「え? えぇぇぇ!? こんな少年が!?」
「で……どうなんだ? 坊主がやったのか?」
しまったな……。
あまり先の事考えていなかったけど、何か面倒な事になりそうだ。
「ん~僕が……」
やりました。そう言おうとした時、ローズがそれを遮るように話し始めた。
「ダインが! ダインが……最初に魔物を上空に見つけて、警報を発動させました! その後は必死に、セリアを、この気を失ってしまった子を連れて必死に路地まで逃げたので誰が戦っていたのかは見ていません! ね! ダイン?」
面倒なのはわかるけど、まさか真面目なローズが隠そうとするとは思いもしなかったので、僕は咄嗟に頷いて話を合わせる事にした。
「僕が……僕が警報を発動したんですが、戦闘は残念ながら見ていません」
えっと……ジンって人の視線が物凄く怖いんですが……。
しかし、しばらくしてその視線が弛むと、ニヤリと口元に笑みを浮かべ、
「まぁいい。そういう事にしといてやるよ。おい! 現場の処理を急ぐぞ!」
「は、はい!!」
部下を引き連れて、通りに戻っていったのでした。
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