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【第6話:嫌な感じ】
衛兵の後ろ姿を見送っていると、ローズが声をかけてきた。
「ダイン。よく聞いて」
いつになく真剣なその表情に、僕は無言で頷きを返す。
「さっきのダインのあの技の凄さはハッキリ言って異常だわ。その……ダインの記憶がある程度戻るか、あなたの素性がもう少しわかるまでは、その異様な強さの事は伏せておいた方が良いと思うの」
「そんなに凄かったかな? 僕自身じゃよくわからないんだけど?」
「凄いなんて言葉でも生ぬるいわ。どこの世界に鍛錬用の剣と魔銃で、これほどの数のソーンバードを無傷で倒せる子供がいるのよ? この事が公になれば養成学校どころじゃなくなって普通の生活は送れなくなるわよ。ダインが今の生活から抜け出したいって言うのなら止めはしないけど……」
「うっ……そんな大事なの?」
「大事よ! それに……」
そう言ってまだ地面で気を失っているセリアに目を向けると、少し照れくさそうに話を続ける。
「セリアが悲しむわ。ダインと一緒に養成学校に通うのをこの子がどれだけ楽しみにしてたか。この子が魔物から逃げずに向き合う覚悟を決めれたのも、あなたとの出会いが大きいの。もし、あなたが突然この子の前から消えたりなんかしたら、きっとこの子はまた……」
ローズが心配しているのは、僕だけでなく、セリアの事も心配なんだろうな。
いつも揶揄ったり、冷たくあしらったりしているけど、本当はいつもセリアの事を実の妹みたいに気にしているのは知っていた。
養成学校には特待生制度があり、さっき見せた僕の剣と銃の腕があれば、間違いなく特待生になるそうだ。
そして、特待生は特殊なカリキュラムを受ける事になるので、授業を一緒に受けれないというだけでなく、全寮制のために15歳の成人を待たずしてマリアンナ孤児院を出ていくことになる。
僕自身、ようやくこの街に、いや、この世界に慣れてきたところだ。
僕にとってマリアンナ孤児院が帰るべき家であり、そこにいる人たちが家族だ。
正直、まだマリアンナ孤児院を出たくない……。
だって、昔の記憶がない僕にはこの一年が全てであり、この一年はマリアンナ孤児院での暮らしがすべてだから。
「ありがとう。ローズ。さっきのジンさんって人は、どうやらわかった上でローズの嘘に乗っかってくれたみたいだし、僕も聞かれても白を切りとおすよ」
と、そこまで話した時、セリアが意識を取り戻した。
「んん……あ……れ? 私いったい?」
「気が付いた? セリア。あなた、どこまで覚えてる?」
ローズのその問いに、顎に指をあてて少し考えると、
「あぁぁぁ!! 魔物は!? ダインは無事!? きゃっ!? 痛いぃ!」
突然叫んで立ち上がろうとして……ローズにぶつかって蹲るセリア。
「もぅ! 痛いのは私の方よ! でも、それだけ元気なら大丈夫みたいね。ダインも無事よ」
隠しているけど、元気なセリアをみてホッとしたのだろう。
身体をずらして後ろにいた僕を指さすその目尻には、隠し切れていない心配の涙が零れ落ちていた。
「ご、ごめんなさい。ダインが無事で良かった……あっ、もちろんローズも! でも……魔物は? 魔物はどうなったの!?」
「魔物なら……通りすがりの知らない人が全部倒しちゃったわ……」
そんなあからさまに視線を逸らしながら話すと、嘘ですって言っているようなものなんだけど、セリアも何だかんだとローズのいう事に疑うという事を知らないので、たぶん大丈夫だろう。たぶんね。
「そんな凄い人が!? うわぁ~見たかったなぁ~」
パニック状態に陥った事は覚えていないのだろうか?
そう聞いてみようと思ったけど……やめておいた。
どうやら、少し強がっていつも通りのふりをしようとしているだけみたいだ。
僕は微かに震える手に気付かないふりをして、
「凄かったよ~。どんな風に倒したか後で僕が教えてあげるね」
その強がりに付き合うのでした。
~
僕たちはその後、警報解除を待って守護者ギルドに向けて移動を始めた。
警報を発動した者は、事態収拾後でもいいので警報発動時の状況を報告する義務があるからだ。
「養成学校登校初日なのに、遅刻になっちゃうね……」
セリアが少し悲しそうにつぶやく。
「それは仕方ないよ。魔物の襲撃があったんだから」
「でも~……」
楽しみにしていた登校初日に、こんな事になったのでわかっていても悔しいのだろう。
「セリアもしつこいわよ。新米だけど、ここに職員がいるから大丈夫よ。ちゃんと私が説明付き合ってあげるから」
そんな会話をしながら守護者ギルドに向かっていると、何やらまた街が騒がしくなってきているのに気づく。
「どうしたんだろう? 何かあったのかな?」
魔物の襲撃があった後はいつも暫くは事後処理でざわついているんだけど、何やらそういうものとも違うような気がする。
「何か嫌な感じがするね」
「そうね……でも、もう少しで守護者ギルドだから急ぎましょ。そこで何か聞けるかもしれないし」
そこから僕たちは、無言だった。
この一年の間に魔物の襲撃は何度も経験している。
襲撃では、毎回ではないが犠牲者が出る事も珍しくない。
もしかすると、さっきの男の人以外にも沢山被害者が出たのかもしれない。
でも……それでも襲撃が終わった後は、街にはいつも何かホッとした空気が流れているんだ。
それが今回は……感じられない。
いつしか早足になった僕たちの目に、ようやく守護者ギルドが見えてきた。
その事に無意識にホッと息を吐きだしたその時……。
今日、二度目の警報が鳴り響いたのだった。
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