【短編】my "love you"

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「残業お疲れ様です」 「そちらこそ、お疲れ様です」 「今帰りですか?」 「はい。今夜は互いにタクシーですね」 「そうですね。……あの」 「どうしました?」 「月が綺麗ですね」 「そうですね」 「……それだけですか?」 「はい、そうですが?」 「伝わりませんでしたか?」 「漱石ですよね?」 「そう、そうです!」 「あれって何て返すのが正解なんでしょうね」 「わ、『私、死んでもいいわ』とか、どうでしょう?」 「二葉亭四迷ですね。漱石が訳したのは英語、四迷が訳したのはロシア語で、そもそも元の単語も違うものですけれど」 「そ、そうなんですか」 「ええ。それに、午前様で残業する現代と、漱石の感覚が合っているとは思えませんね。夜歩きも逢瀬も簡単にできてしまいますから」 「………それは」 「……だから、私なら」 「あなたなら?」 「今日の月は、昨日の月よりずっと美しく見えます、なんて。そう言って、タクシーに相乗りしませんかって、お誘いするところでしょうね」
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