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「あの、それ…楽器ですか?」
胸に抱えていた楽器ケースを指差されて…僕はまた、ぎこちなく笑い返した。
「はい。僕…オーボエやってるんです。でも急に降って来たから…」
「木管は、湿気に弱いですものね。」
「えぇ、良くご存知ですね。」
意外な答えが返って来たので、僕は驚いた。すると、彼女は、にこりと笑って──
「あの…勘違いだったら、ご免なさい。もしかして今夜、演奏会なのでは?」
「はい。良くお解りですね。」
そう答えると、彼女はバッグの中から、演奏会のチケットを取り出して見せる。
「実は私…今夜行くつもりだったんです、この演奏会に。」
「───え、これ?」
それは、僕が出演するコンサートのチケットだった。理由の解らない興奮に支配されて、思わず大きな声をあげる。
「これ、僕のオケです!」
「やっぱり?」
「…奇遇ですね。」
「はい、すごい偶然。これからリハーサル?」
「えぇ。でも、この雨で大遅刻です。」
「大変!急がなきゃ!!」
「はい、急がなきゃ。」
だが、言葉に反して、僕の足は止まったままだ。
この気持ちを、何と表せば良いのだろう?
僕の──僕らの演奏を聴く為に、彼女はこんなにお洒落して来たのだ。
花嫁の様なワンピース。
ふわふわに巻いた髪。
飛び切り上等な靴と、お揃いのバッグを持って、とてもとても楽しそうに──。
感極まった僕は、堪らずこんな事を持ち掛けていた。
「その…良かったら、会場までご一緒しませんか?」
「──良いんですか?」
「行先は同じですし。」
「そう…ですね。」
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