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「嘘…やだ、どうしよう!」
オロオロする彼女に、僕はハンカチを差し出した。
「使って下さい。早く拭かないと染みが取れなくなる。」
極めて穏やかな口調でそう言えば、彼女は今度こそ、それを受け取ってくれた。
「…すみません、お借りします。」
小さく頭を下げると、彼女は、木綿のハンカチで、裾の泥跳ねを拭い取る。
「あの──ハンカチ、洗ってお返ししますから。」
作業する手を休める事なく告げられた言葉に、僕は思わず答えていた。
「返さなくて良いですよ。どうせ安物ですから。使い終わったら、そのまま棄てて下さい。」
「そんな──!」
「デートですか?」
「え…!?」
「ごめんなさい、余計な詮索でした。」
あぁ、いけない。つい軽口が過ぎてしまった。ペコリと頭を下げた途端、気まずい沈黙に支配される。
──そうして。僕らは暫し無言で、この雨をやり過ごした。
付かず離れず、そっと距離を取りながら…
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