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お刺身
「女体盛りってお刺身何枚あればできるのかしら」
二人で借りた和風旅館の一室。
目の前の彼女の発言で、私はピタッと刺身に伸ばした箸を止めた。
思わず浴衣の袖が揺れる。
「マグロ一匹分は多いんじゃないかな……」
と、つい、私まで真面目に答えてしまった。
「というか、女体盛り食べたいの? 自分がなりたいの?」
「うーん、食べられたいかな?」
この子の考えることはいつもわからない。
――私はなんか女体盛り苦手だな。お刺身あたたまっちゃいそうだし。
私が女体盛りに試案していると彼女は自分の手の甲にマグロのお刺身を乗っけて、私に差し出した。
「はい」
「いや、何が。何が、『はい』なの?」
「簡易女体盛り」
「食べ物で遊ぶのはよくない」
「でも、もう乗っけちゃったよ。貴女が食べるまで、こうしてるから」
「わかったよ」
彼女は言い出したら聞かないのを私は承知しているから、素直に答えた。
しかし、いざ、食べてみようと思うと妙に抵抗がある。
彼女の白く細く小さい手の甲に乗っかっているとマグロの赤が栄える。
私は物語の王子様のように彼女の手をゆっくりと両手で包みこみ、手の甲からマグロをすすり食べた。
思ったよりもずっと甘くて、切ない味がした。
お刺身『了』
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