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「佐野くん、こんにちは!」
雲ひとつない快晴の日のこと。
下北沢駅の改札を出ると、頭上に輝く太陽に負けんばかりの眩しい笑顔で、天野さんがこちらに手を振って近づいてくる。
否。
手に持った傘を振って近づいてくる。危ない。
「……今日もそれ持ってきてるの? こんなに晴れてるのに?」
あまりにも呆れた僕が「こんにちは」も「待たせてゴメン」も言わずに指摘すると、
「はい、これは佐野くんへのメッセージですよっていつも言ってるじゃないですか」
なんて、微笑みとともに返してくる。
「メッセージねえ……」
一見、僕と同じ高校二年生には見えないほど小柄な体躯に小顔の天野さんは、だがしかし大きな瞳をキラキラと輝かせながら、
「私は将来、こうなりたいんです!」
と、傘を掲げて宣言するのだった。
「傘のように雨から人を護る存在になりたい、ってこと?」
「あはは、そんな高尚なお話じゃありませんよ」
天野さんは笑顔で返してくる。
ふむ。理解できない。
でも、理解できないのはいつものことだ。
僕は天野さんから、この数ヶ月もの間、ずっとこの『メッセージ』とやらを送られている。
雨の日も晴れの日も、部室にこの傘を持って来て、机の上に置いたり、扉の前に立てかけたり、ホワイトボードのペン置きに吊るしたり、僕の視界にこれ見よがしに配置するのである。(机の上に置いた時はさすがに僕も注意したけど)
時折、「そろそろ分かりましたか?」なんて、じーっと見つめて言われるものだから、僕はその度に頭を振ることになってしまう。
今日もいつも通り分からないだけなのだから、あんまり深く考える必要もないだろう。
「それじゃあ、行こうか」
僕が歩き始めると、
「はい!」
と、天野さんは元気よくついて来てくれた。
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