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カラフル
初めて男の人を部屋に入れた。美月は何だか不思議な気がした。今日だって彼を部屋に上げるつもりは全くなかったのだ。それがどうして、「寄ってかない?」なんて言ってしまったのか。
相手は付き合って1年になる恋人の幸仁だ。彼の馴染みの焼き鳥屋で飲んで、それでもう帰ろうとなった時に、美月は幸仁を誘った。いや、より正確には、口をついて出た。
幸仁は「うん、良いよ。」とだけ言った。元から口数の少ない人ではあるけれど、この時ばかりは何かリアクションがあっても良いのにと美月は思う。そうすれば、「深い意味はないの」とか、「誘ってる訳じゃないの」とか、美月だって言い訳が出来たはずだ。
実際、美月は幸仁とセックスがしたかった訳ではない。セックスなら、ラブホテルでも、幸仁の家でももう済ませている。ただ、何となく、新しい何かを求めたのだ。しかし、幸仁を部屋に招くことがその新しい何かになるのかどうか、美月にも分からなかった。
美月の部屋は、木造アパートの2階にある。独り暮らしの女子が住んで、決して素敵だとは言えない古いアパートである。月明かりの下で、入口の蛍光灯が弱々しく光っている。
美月は幸仁の反応を見るのも恥ずかしくて、ずんずんと前を歩いて部屋に向かった。当然、幸仁も付いてくる。
「ごめん、散らかってる。」
美月は一応言った。アトリエ兼自宅のその部屋は、画材やら何やらでいつも散らかっている。焼けた畳の上にクッションを置いて、幸仁にそこに座るように勧める。
「ここで、描いてるんだ。」
幸仁は独り言のように聞いた。
美月はこの部屋で、画を描いた。パステルの水彩画で、人や風景を描く。いくつかの現代アートのコンクールで受賞して、そこそこ売れるようにもなった。美月の画は、色に力があるらしい。力のある色、というのはどういうことか美月には分からなかったけれど、確かに美月は色に強い拘りがあったし、それが作品で表現出来ているのだとしたら、それは意に叶っていると言って良い。
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