13人が本棚に入れています
本棚に追加
モノクロ
「美月って、服はモノクロが多いんだね。」
色当てゲームを始めて2ヶ月ほどした頃、幸仁は言った。これは、痛いところに気付かれたなと、美月は思った。美月の肌は割と地黒で、髪もマースブラックのように真っ直ぐで真っ黒だったから、それが目立たないように黒やグレーの服を着ることが多かった。あるいは、女の子っぽいカラフルな服装があまり好みではないというのもある。色当てゲームによって、それに幸仁が気付いてしまったのは、美月にとってはちょっと誤算だった。
まあ、それはそれとして、試み自体はとても上手く行っている。2人で外を歩きながら、街路樹の葉や花の色、空の色、街行く人々の服の色について、チャート上の色のどれに近いか当てていく。その内に2人はコバルトブルーがどんな色なのか、およそ共通した認識を持つようになった。それは世界を共有していくような、お互いの感覚を溶かして交わらせるような、そんな官能的な喜び伴った。
その日は久しぶりのデートだった。幸仁の仕事が中々都合がつかずに延びていたのだ。幸仁は新聞記者で、割といつも忙しそうにしている。普段はのんびりしている幸仁だが、仕事では割合バリバリ働いているらしい。モノクロの新聞の世界は、自分には丁度良いのだと幸仁は言った。
2人は人形町に行ってみることにした。下町の商店街的な風景を残す甘酒横丁で買い食いをしながら歩く。
「最近、画は順調?今度のアート展、出品するんでしょ?」
出来立ての牛肉コロッケを頬張りながら、幸仁が言った。そのアート展は、日本の現代アートの最も大きな展示会だった。世界各国から優れた作家と優れた目利きが集まってくる。そこでの評価は、どんな賞をとるよりも、若手の芸術家たちにとっては重要な意味を持っていた。
「あんまりかな。何ていうか、考えれば考えるほど、段々分からなくなってきて。何かに近づいていは感触はあるんだけど、中々辿り着かないみたい。」
美月のスランプは、未だ続いていた。あの日、赤い居酒屋の絵を描いた時に感じた光明のようなものを、美月は掴めそうで掴めずに焦っている。
最初のコメントを投稿しよう!