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同音異字 ~作家編
締め切りを今日に設定しておいてよかった。まだ、しばらくかかりそうだ。
「先生、コーヒーを淹れましょうか?」
「コーヒーはいいからここに入れるのはどれがいいか見てくれないか。この二つで悩んでいるんだ」
僕、山形卓は出版社で短編小説集の編集を仕事にしている。担当作家の一人である緑川しずく先生のところに原稿をとり(催促)にきている。毎回毎回待たされていると、待たされ慣れてしまっている自分にも責任があるような気がしてくる。
先生が差し出す原稿に目をやる。わざわざ、このページだけプリントアウトしなくても、と思ったが、余白に青インクで文字が書かれている。
この先生は考えが煮詰まったときパソコンの画面のままだとダメでも、紙にのった文字は正解をくれると言っていた。今はほとんどの原稿がデータになった。印刷物をめくる読者とタブレットでデータを開く読者がいる。作家によっては作品の大半がデータで売れるという時代になった。本好きの僕はどちらかといえば紙にのった文字を追う方が読んだという満足感がある。
『彼女の背後に渦巻く赤から目が離せなかった。以外、俺はそれを怖いとは思わなかったし、なぜかなつかしいと感じる自分に驚いていた。』
その文章の「赤」に青い二重線が引かれている。周りの青文字はルビ付きだ。「深緋」「赤紅」「紅赤」「緋」「朱」「茜色」「紅緋」「濃赤色」「中紅」「真緋」「思色」「血色」「七両染」。他に書いて消したあとのあるものもいくつかあった。これ、全部が赤なのか。
先生が言った二つは「血色」と「深緋」だった。うずまくけっしょく……、うずまくこきあけ……、口に出して何度か繰り返した。ゴロが悪い。
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