夏の始まり

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バイトは少しずつ慣れてきている。 香さんはいつものように、テキパキと仕事を教えてくれる。 「島田さん覚え早くなったんじゃない?」 そう言ってもらえると、少し嬉しい。 先生と気まずい状態の今週も、バイトがあったから、乗り越えられた気がする。 バイトがあって良かったと思う。 先生との事をあまり考えずに済むから。 忙しくしている方が今の私には気が紛れていい。 「お疲れさま!」 香さんが声をかけてくれた。 時計を見るともうすぐ9時だ。 「お疲れさまです!ありがとうございました!」 「これからご飯大丈夫?他のバイトの人達にも声をかけてあるんだ。」 歓迎会をしてくれるという香さん。 その気持ちがとても嬉しい。 「はい!。ありがとうございます。」 2人でそんな話をしながら、更衣室へと向かう。 更衣室のドアを開けると、ロッカーで着替えをしている人がいた。 香さんがすぐさま声をかける。 「真紀、お疲れー!」 香さんが、そう声をかけたのは、同じ時間帯で働いている鈴木さんという若い女性だ。 とても、可愛い顔をしていて、大学生なのかな?とは思っていたけれど。 鈴木さんも「お疲れ様!」と笑顔で答える。 私も「お疲れ様です」と鈴木さんに言った。 「真紀、これから大丈夫?」 香さんが聞いている。 「うん。島田さんの歓迎会でしょ??。大丈夫だよー。」 鈴木さんはそう言って、私の顔を見る。 「島田さんだよね?。私も今日参加するんだー。よろしくねー。」 鈴木さんはそう言って、私に笑顔を見せた。 その笑顔は本当に可愛らしくて、ドキドキしてしまうほどだ。 「よろしくお願いします!」 鈴木さんとは、ロッカーで一緒になった時に、挨拶するくらいで、話をするのは初めてだ。 可愛い人だなぁとは、いつも思っていた。 同じ時間帯で働いているのは知っていたけれど、鈴木さんは別フロアだから、バイト中の接点は無かったんだ。 なんだか緊張してしまう。 「外でもう2人待ってるからー。」 香さんが言う。 「あ、はい!」 更衣室から出て、3人で、外へと向かうと、 書店の職員玄関の前で、2人の男の人が笑いながら話しているのが見えた。 「お疲れー!。待ったー?」 香さんは、その2人に声をかける。 もしかして、もう2人って、男の人?? 彼らを見たことはある。 同じ書店で、働いている人だとわかった。 「どうもお疲れさまです。」 合流して、2人に挨拶をする私。 「島田さんでしょー?。俺、中川です!」 背の高い男の人が、自己紹介をする。 中川さんは、隣にいる、少し背の低い、可愛い顔をした男の人を紹介してくれる。 「こいつは斎藤。俺の後輩なの。」 「どうも、斎藤です。」 「島田です。」 2人とも見た事はあるけれど、別フロアで、 話をしたことはない。 「これで集まったね!みんな大学生なの!うちらくらいだよねー?大学生のバイト。」 香さんが言う。 そうなんだ。 「歳離れた人もいるけど、あんまり接点ないしね。みんなで集まって、よくご飯行くんだ!」 鈴木さんが言う。 へぇ、、、そうなんだ。 そんな話をしながら、書店の隣のビルに入っている居酒屋に入る。 席について、みんなで乾杯をする。 「お疲れさまー!島田さんよろしくー!!」 「よろしくお願いします!!」 みんなビールやらカクテルやら、お酒を飲んでいる中、私と斎藤さん2人はジュースだ。 「島田さん未成年?」 斎藤さんが聞く。 「はい。」 「そうなんだ!。俺も!」 そう言って斎藤さんはオレンジジュースを飲む。 斎藤さんは中川さんの後輩って言っていたっけ。 色々話を聞くと、ここに集うみんなの関係がわかってきた。 可愛い顔の、鈴木真紀さんは、香さんと同じ大学の三年生だ。 香さんと同じ大学の獣医学部に通っていて、とても仲が良い親友の関係。 そして、中川さんという背の高い男の人も、2人と同じ大学の獣医学部で、三年生。 なんと、香さんの彼氏だというから驚いてしまった。 みんな3人、同じ大学の同じ学部の同い歳だから、それは仲良いはずだと納得する。 そして、隣に座る斎藤さんは、私と同い年の大学一年生だと言う。 3人と同じ大学、同じ学部で、香さんたちの後輩になる。 斎藤さんは、今年の4月からバイトを始めたばかりらしく、 「慣れないよね。俺も最近やっと一人で動けるようになってきたもん。」と話しかけてくる。 同い年と聞いて、少し親近感が湧いた。 「斎藤さん」と呼んでいたけれど、同じ歳なんだから「さん」はやめようよと言われ、「斎藤君」という呼びかたに変えた。 斎藤君は、なんだか、すごく人懐っこい感じで、話しやすい雰囲気だ。 可愛い背格好が、親近感をより近くする。 斎藤君も最初は全然仕事が慣れなくて、大変だったみたい。 「私も全然慣れなくて。」 「大丈夫だよ。香さんかなり仕事できるから。」 「そうだね。」 こんな会を開いてくれるなんて、なんだか嬉しいな。 バイトをして、世界が少し広がったなあ。 バイトを始めて良かったなぁと思う。 楽しい時間はあっという間に過ぎていき、 ゼミの研修が明日の朝早くからあるという、3年生3人のお開きの合図で、解散となった。 「島田さん、じゃあ、また来週!!」 「はい!ありがとうございました!」 歓迎会だからと、ご飯代をご馳走になった。 深々とみんなに頭を下げる。 先輩の3人はみんな地方組で、大学の近くの寮に住んでいるらしく、帰る方向が違う。 3人を見送る、私と斎藤君。 斎藤君は寮には住んでいないみたい。 「島田さん家どこ?」 3人を見送った後、斎藤君が話しかけてくる。 「南町なの。」 「じゃあ地下鉄だ。同じだね。俺南川。」 「そうなんだ。」 「うん。駅まで一緒に行こー。」 気さくな彼に誘われて、一緒に駅まで歩く。 話をしていくうちに、斎藤くんの人柄がわかってきた。 昔から、犬がすごく好きで、獣医師になろうと思ったみたい。 高校は西校で、男子高出身だ。 西校は、すごく頭が良い高校だ。 すごいなぁ。 獣医学部だもんなぁ。 このバイトは中川さんに勧められたみたいで。 先輩3人とは、同じ学部で同じ専攻だから、入学してから、とても可愛がってもらってるって言っている。 いっぱい喋る斎藤君は、明るい雰囲気の人だ。 大学の色んな話を聞けて、楽しい。 帰り道でも、犬の話ばかりしていて、 犬のカレンダーを見るとすぐに買ってしまうんだと笑いながら話す斎藤君。 そんな話を聞くと、つい笑みがこぼれる。 本当に犬が好きなんだなぁ。 なんか良い友達になれそうだな。 そう思いながら、2人で駅まで歩いていた。 短大に入って、先生以外の男の人とこうやって2人で歩くのは初めてだ。 高校の時の藤岡くん以来だなぁ、なんて昔を思い出す。 でも、別にやましいことはない。 罪悪感なんてものは、全く無くて、2人笑いながら歩いていた。 そんな光景を見られていた事に、私は気づくこともなく、、、。 駅が目の前に見えてきたところで、カバンの中から携帯の着信音が鳴る。 「あ、ごめん、電話。」 一緒に歩く斎藤君に断りを入れて、携帯の画面を見た。 そこには、伊藤耕作という名前。 !!! 立ち止まって画面を見入ってしまう私。 どうしよう、、、。 隣にいる斎藤くんが、不思議そうな顔をして、 「出ないの?」と言う。 「、、うん。ごめん、出る、ね?」 少し震える手で通話ボタンを押したんだ。 「もしもし」 声が少し震えた。 「俺。」 久しぶりに聞く先生の声。 心臓が飛び出そうなくらいドキドキしている。 「、、、うん。今ね、歓迎会終わって、これから帰るところ。また連絡するね。」 状況報告をして、とりあえず、早く切ろうと思った時だった。 「隣にいるやつ誰?」 電話越しから、突然そう聞かれて、状況が飲み込めない。 「え!?」 まさか!!!と思い、周りを見渡すと、 後ろの方に、見覚えのある白い車が見えたんだ。 !!!! 驚いて、言葉が出てこない私。 「もう終わる頃かと思って、近くで車止めてたんだけど。」 え!? 「で、一緒にいる奴誰?」 先生に見られている!!! 「、、、同じバイトの人。」 「、、、そうか。」 なんだか、雲行きが怪しくなってきている。 先生の口調と、声のトーンから、これはまずい状況だ、、、と瞬時に判断した私。 この状況は、完璧まずい!! 「今行くね!」 そう言って急いで電話を切った。 斎藤君は、私の動揺をすぐ察知したようで、 「彼氏迎えに来たの??早く行きなよ!!」 と言ってくれている。 「うん!ごめんね!じゃあ、また!今日はありがとう!」 斎藤君に別れを告げて、急いで車を目がけて、引き返したんだ。
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