夏の始まり

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あれから響の声を聞いていない。 電話をしても、出ない。 返事はもっぱらメールだ。 あの一件から、響は俺を避けるようになった。 響を傷つけた事は事実だ。 避けられるまでの事を、俺はしてしまったんだと、自分を責める日々。 かけても出ない電話は、徐々にしずらくなっていき、俺もメールに頼るようになっていた。 もちろん、このままでいいとは思っていない。 だが、俺はどうしたらいいんだ? こんな状況がいつまで続くのか。 そう思うと、響との関係に不安を感じ始めていた。 響の気持ちが離れてしまうのではないかという不安と、恐怖だ。 もしもそんな事になったら、、、。 そんな考えを必死に消そうとするが、避けられている今の現状は変わらない。 彼女を失うなんて、耐えられるはずがない。 それは、わかっている話だ。 しかし、自分が招いた結果だと思えば、身動きが取れない。 声が聞きたい。 彼女に会いたい。 そんな想いを募らせては、現実に戻る。 その繰り返しの日々を送っていた。 最近は、夜もあまり眠れない日々が続いている。 今日は、もう金曜日だ。 もう、あれから5日も経っているのか。 響と、業務連絡的なメールを送り合う、そんな日々に正直、困惑している自分がいた。 昼休み、職員室で椅子に座りながら、ふぅっとため息がこぼれる。 「伊藤先生大丈夫ですか?顔色悪いですよ?」 そんな俺に声をかけてきたのは、中島先生だ。 顔色が悪い? あぁ、そうか。 自分では気づいていないが、ここ最近眠れていないからだろう。 「お昼食べたんですか?」 中島先生が聞く。 「いえ、、。」 最近はあまり食欲もない。 「どうしたんですか?。体調悪いんですか?」 「あまり寝てないからですかね。」 そう返すと、中島先生は心配そうな顔をしている。 「何かあったんですか?」 中島先生は驚いた顔をしている。 正直なところを言えるはずもなく、 「いや、無いですよ、何も。」 と、淡々と答える。 何もない、、、か。 嘘をつく自分に、少し、後ろめたさもあるが、 確かに体調が良いとは言えない。 机にある予定表を見て、この後、授業がないのを確認する。 教頭の姿を探すが、職員室にはいないようだ。 「先帰ります。教頭にうまく言っておいてください。」 中島先生にそう言って、帰り支度をする。 急に早退すると言う俺に、中島先生も、何かを勘付いたかもしれないが、そんなことは、どうでもいい。 とにかく、日々の寝不足と疲れで、早く横になりたい気分だ。 体が重い。 暑さのせいもある。 夏の始まりなはずなのに、ここ最近は真夏日の気温が続いている。 だから、夏バテもあるだろう。 そんな、暑さのせいにして、家に帰ると早々にベットに倒れ込んだ。 まさか、こんなに参るとはな、、、。 たかが5日、彼女の声が聞けないだけで、自分がこんなになっちまうなんて。 いや、違うな。 声が聞けないだけが原因ではない。 響との距離が遠くなっているのを感じているからだ。 会いたくても、会えない。 俺が彼女を傷つけたからだ。 目を閉じても、浮かんでくるのは響の笑顔だ。 「何してるんだ、俺は。」 目を閉じながら、深くため息をつく。 相当参っているな。 響を受け入れる事が出来なかった事を、今更悔やんでも仕方がないが、こんな気持ちになるくらいなら、、、。 今すぐにでも、彼女を抱きたいくらいだ。 「そんな訳にもいかねぇか」 俺は逃げてきたんだ。 彼女と向き合おうとしなかった俺の弱さのせいで、彼女を傷つけた。 このまま、逃げるつもりか? 響を傷つけたまま、このまま距離が広がっていくのを、黙って見ているつもりか? 「情けねぇな」 このままでいい訳がない。 俺にはあいつが必要なんだ。 響が好きだ。 その気持ちに嘘はない。 「参ったな」 悩んだところで、俺の中の答えはもう、出ている。 会いたい。 会って抱きしめたい。 そんな事をここ最近ずっと考えては、眠れなくなっていた。 体は限界だ。 とりあえず少し眠ろう。 今日、響は夜、バイトの歓迎会だ。 メールでしかわからない彼女の動向に、空虚な気持ちになる。 楽しんでこいと、それだけ返事をしたが、 「もう、限界だな。」と無意識に呟く。 起きたら、迎えに行こうと心を決める。 響とちゃんと向き合おう。 正直な気持ちを打ち明けるしかない。 俺の本心を知ったら、どう思うだろうか。 嫌われるかもしれない。 軽蔑されるかもしれない。 そう思うと、躊躇してしまう自分もいるが、そんな事を言っている場合じゃない。 「信じるしかねぇよな」 そう、信じるしかないんだ。 俺は響を信じている。 とりあえず重い体をベットに沈め、気づけば深い眠りについていた。 目が覚めると、辺りは暗い。 どれくらい眠っていたんだろうかと、時計を見る。 「9時か。」 そんなに眠っていたのか。 眠ったからか、体は軽く、頭もスッキリしている。 「行くか」 ベッドから身を起こし、支度をする。 どこで歓迎会をするのか、何時に終わるのか、そんな事は全く知らない。 もしかすると会えないかもしれない。 無鉄砲な事をしているのは自分でもわかっている。 だけど、今日じゃなきゃダメだ。 今日会わなければ、きっと、取り返せない事になる。 少し焦る気持ちを抑えつつ、車の鍵を持って家を出る。 会いたい。 その一心で、車を出した。 響のバイト先の書店の近くに車を止めた。 時計を見ると10時を過ぎている。 バイトは既に終わっている時間だ。 きっと、この近辺で歓迎会をしているんだろうが、、、。 会えるのか? わからない。 ここまで来たはいいけれど、この先の事は何もわからないんだ。 とりあえず落ち着こうと、タバコを吸う。 車から外に目をやると、カップルが手を繋いで歩く姿が目に入る。 この前までは俺たちも、ああだったのにな、、と、つい自分達の姿に重ねて見てしまう。 俺たちは戻れるんだろうか。 ああやって、また一緒に並んで歩くことができるんだろうか。 いや、きっと大丈夫だ。 今なら、まだ遅くないはずだと、自分に言い聞かせながら、時間だけが過ぎていく。 そろそろ終わっている頃か? ここで待っていても仕方がないな。 電話をかけて、呼び出すか。 そう思い、携帯を取り出し、響の名前を画面に出した。 ここにきて、ふと、考える。 会いたいと思って無鉄砲にここまで来たが、果たして電話に出てくれるだろうか、、、。 今まで避けられてきたんだ。 もしかすると、電話に出ないかもしれない。 携帯を持つ手がなかなか動かない。 「なにやってんだ、俺」 どこまでも臆病な自分に呆れつつ、ふと、フロントガラスに目を向けた時だった。 離れた信号の先に、見慣れた彼女の後ろ姿が見えたんだ。 響だと、すぐにわかる。 だが、彼女の隣には、、、男がいる。 笑い合う2人の姿を目にして、一瞬頭が真っ白になった。 どういうことだ? なんで、知らない男と歩いているんだ? 響が、隣に歩く男に笑いかけている姿を目にして、俺の中のくすぶっていた感情に火がつくのを感じた。 躊躇はもう無い。 すぐさま、携帯のボタンを押す。 何かが俺を駆り立てる。 それは、紛れもない、嫉妬心というやつだ。 響は俺からの電話に出た。 だが、俺が見ている事なんて全く気づく様子もなく、すぐに電話を切ろうとする。 そんな事はさせない。 嫉妬心という厄介なものに囚われ、少し苛立つ気持ちを隠せず、彼女に追求してしまう。 「隣にいるやつ誰?」 2人の距離が離れつつある今、他の男と一緒にいる所を目にしてしまったんだ。 もう、後には引けない。 覚悟は決まっている。 俺はもう逃げない。 響と向き合う事から、俺はもう逃げはしない。
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