夏の始まり

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斎藤君と別れて、白い車を目がけて、来た道を駆け足で戻る私。 先生と会うのは、日曜日以来だ。 話すのも5日ぶり。 先生は車から降りて、ドアにもたれかかって、私の方を見ている。 心臓がドキドキと波打っている。 駆け足で近づいたけれど、先生の姿を見た途端、足取りが重くなる私。 ゆっくり近づくと、腕組みをしながら、先生が言う。 「よぉ。」 「こんばんわ。」 、、、、。 少しの沈黙。 「歓迎会って男もいたのか。」 即座に鋭いところを突かれる。 斎藤君と歩いてた姿をずっと見られていたんだ。 その事実に何も弁解は出来ない。 「あ、、うん。私も今日急に知って、、、。」 「ふぅん。」 機嫌が悪そうなのは、先生の口調からすぐにわかった。 「今一緒にいたのは、斎藤君っていって、今日初めて喋った人で、同じ方向だから駅まで歩いてただけで!!」 疑われることは何も無いんだけど、変な誤解はされたくなくて、事実を必死に伝えたんだ。 「、、、へぇ。」 と、先生は淡々と相槌を打つけれど、明らかに何をか言いたげな感じだ。 本当に疑われるような事はないんだけど、、、。 下を向いて俯く私。 また沈黙の時間が流れる。 久しぶりすぎて、何を話していいのかわからない。 どうしよう、、、。 この状況に困っていると、先生が先に口火を切る。 「電話しても出ないし、メールしても素っ気ないし。」 思い当たる事が山ほどあって、俯いたまま、また時間が過ぎる。 あれから普通に話せる自信がなくて、、、。 そんな困っている私を見て、先生がぼそっと呟いた。 「もう飽きられたのかと思った。」 え? その言葉を聞いて、俯いていた顔を上げて先生の顔を見ると、少し寂しげな表情をしている。 「そんなことないよ!!」 確かに電話もメールも、会いに行くことも、ためらってはいたけれど、飽きられたなんて! 先生がそんな風に思っていたなんて! 「会いたいと思って、こうやって会いに来たら、お前は知らない奴と楽しそうに歩いてるしな、、、。」 先生は少し寂し気な顔をして言う。 「さっきの人は、同じバイトの人で、ほんとに何にもないよ!!」 そんな悲しそうな顔を見たら、先生を安心させてあげたくて、必死に事実を伝える。 「あぁ。わかってるけど、すげぇ嫌な奴になりそうだった。悪かったな。」 そう言って、少し俯き、切なそうに笑う姿を 見ると、胸の奥がズキンと波打った。 「情けねぇな。俺。」 そう言って切なく笑う先生の顔を見て、やっと気づく。 私、馬鹿だ。 私が先生の事、傷つけていたんだ。 自分ばかり傷ついていると思っていたけど、そうじゃなかった。 電話に出なかったり、素っ気ないメールのやりとりが、そんな私の行動が、先生の心を傷つけていたんだと、今更気がつく私。 私、何してるんだろう。 大切な人を傷つけて、自分のことしか見えてなくて、そんな自分が情けなくて、嫌だ。 先生も、嫌いになったよね? こんな自分の事しか考えてない私の事なんて。 「ごめんなさい。私、自分の気持ちでいっぱいいっぱいで、、、。」 先生の気持ちを考える余裕なんて無かったんだ。 「いや、お前は悪くないよ。俺が悪かったんだ。俺が中途半端な態度を取っていたから。」 そう言って、先生は私の腕を掴んだ。 あっという間に先生の胸元に引き寄せられる。 「ごめんな。」 先生の切なそうな声に、涙がこぼれた。 先生も苦しかったんだ。 私と同じように苦しんで、悩んでいたんだ。 もっと早くに会って話をしていればよかった。 先生の胸の中で、溢れる涙が止まらない。 先生はゆっくり私を離して、頬に伝う涙を拭い、私の目を見て言った。 「話があるんだ。乗って」 先生に促されるまま、車の助手席に座る。 「千草に電話して。」 突然そう言う先生の真意がわからず、聞き返してしまう。 「え?」 ちいちゃんに電話?? 「頼みたいことがあるから。」と先生は言う。 先生の言うままに、ちぃちゃんに電話をかける。 「もしもし?。ちいちゃん?」 「響ー!どーしたの?」 いつものちいちゃんの声だ。 「あのね、、、」 と言って先生の顔を見る。 すると、先生は「貸して」と、 私から携帯を取って、ちいちゃんと話し出した。 「千草か?。伊藤だけど、これから島田うち泊まるから、島田の親にうまく言っといて。」 !?!? えっ!?!? 先生、今、、なんて?? ちいちゃんが電話口から驚いている声が聞こえる。 「うるせぇな。たまには役に立て。頼んだぞ。じゃあな。」 そう言って一方的に電話を切る先生。 泊まるって、、、今言った!?!? ええ!? 車の時間を見ると11時になろうとしている。 「、、、泊まるって、、。」 ドキドキする心臓は、止まらない。 「お前に向き合うって決めたんだ。話も長くなるだろうし。こんな時間だからな。」 ハンドルを握る先生が言う。 「自分から電話するのに、、、。」 まさかちいちゃんに頼むなんて思いもしなくて、びっくりしてしまう。 「千草に任せよう。」 そう言って車は市街地を抜けて走り出したんだ。 泊まるって、、、。 いや、その前に話があるって先生が言っているから、まずちゃんと話を聞かなきゃ。 どんな話になるんだろう、、、。 嫌な話じゃなければいいけど、、、。 もう、あんな気持ちにはなりたくない。 怖いけど、先生の気持ちに向き合わなければならないんだ。 前に進むために。
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