夏の始まり

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次の日。 今日は日曜日だ。 昨日はちいちゃんとさくらちゃんと勉強をして、課題を1/3くらい終えたけれど、まだまだ課題は残っている。 今日は家で一人で机に向かうと朝から決めていた。 気づけばお昼になっていて。 「あら、響、今日はどこも行かないのかい?」 階段を降りると、お母さんが声をかける。 「うん。課題あるから、それやってる。」 「天気良いのに、家で勉強かい。あんたも頑張るね。お昼ご飯作るから、食べなさい。」 ここ週末は必ずといっていいほど出かけていたから、家にいることに、お母さんもびっくりしているようだ。 外を見ると、本当に天気が良くて、先生に会いたくなる。 でも、週末は勉強頑張れって言われたしなぁ。 一人で机に向かっていても、昨日のちいちゃん達の会話を思い出してしまって、なかなかはかどらない。 もっとずっと一緒にいたいって、そう思うのは私だけなのかな。 先生はそんなに思わないのかな。 お昼ご飯を食べ終えて、また机に向かうけれど、考えれば考えるほど、マイナス思考になってしまって。 だめだ、断ち切ろう! 思い切って先生に電話をかけたんだ。 先生何をしてるのかな? 声が聞きたい。 プルルルル 「はい」 すぐに電話に出た先生。 その声を聞いて、少し安心する。 「もしもし?私。」 「おう。どうした?。」 「あのね、勉強してたんだけど、ちょっとはかどらなくて、、、。何してるかなと思って」 「今か?隣町の本屋に来てるぞ」 そっか、家にいないんだ。 どうりで、電話の向こうが騒がしいと思った。 「そっか。外なんだね。」 私の残念そうな声に気づいたのか、先生が嬉しい提案をしてくれる。 「うちに来て課題やってもいーぞ。まあ、はかどるかはわかんねぇけどな。気分転換にはなるだろ。」 「いいの!!??」 「いいよ。もう少ししたら帰るから、うちで勉強してろ。家ん中散らかってるけどな。」 先に行って待ってていいんだ! 嬉しい!! 「うん!すぐ行く!」 机の上の教科書やレポートをカバンに詰め込んで、急いで部屋を出た。 「ちいちゃんち行ってくる!」 お母さんにそう告げて、家を出たんだ。 先生の家へは歩いて15分。 小走りに向かう。 鍵は持っている。 先生がくれた大切な鍵。 先生の家に着いて、一応、チャイムを鳴らすけど、車は無いからまだ帰ってきていないみたい。 返答はもちろんなく、初めて使う鍵にドキドキしながら、玄関のドアノブをゆっくり回した。 「おじゃましまーす。」 先生のいない部屋。 散らかってるって言ってたけれど、本が乱雑に床に置いてあるだけで、全然キレイだと思う。 テーブルの上に教科書と辞書を開いて、勉強する態勢を作ったのはいいけれど、ふと、昨日のさくらちゃんの言葉を思い出す。 「他に女がいるとか」 いやいや!!それはないはず!! 家の中をくるりと見渡す。 女っ気のない部屋。 他に女なんて、いないよね?? 奥の部屋のベッドに目が止まる。 先生ここで寝てるんだ、、、。 今までも、何回もここには来ていて、ベッドなんて、特に気にすることなんてなかったけれど、昨日あんな話を聞いたからだ。 1人で顔を赤くしてしまう。 私たちはまだまだそんな関係にはならないと 思う。 でも、もしそうなってたとしても、私は嫌じゃないと思っている。 心のどこかで、もし、そうなったとしてもいいと思っているのも事実。 先生の事が大好きだから、拒む必要なんてないと思っている。 愛されている証拠、かぁ。 首をブンブン振って、テーブルに向かった。 勉強しよう、、、。 黙々と時間が過ぎる。 場所を変えると勉強が進む。 先生を感じられる空間にいるからかな。 なんだか落ち着く。 ペラペラ辞書をめくり、教科書を見ながらレポート用紙に書き込んでいく。 うんうん、いい感じ。 時間も忘れて夢中になっていると、ドアノブが回る音がした。 ガチャ。 先生が帰ってきたんだ! 「おかえり!」 立ち上がって玄関まで出迎える。 「おぉ。ただいま。」 先生の帰りを待って、「おかえり」だなんて、 なんだかくすぐったい気分になる。 「悪かったな、遅くなって。」 そう言って、家の中に入ってくる先生。 「ううん。勉強はかどったよ。」 「そうか。そりゃよかったな。」 先生の手には書店の紙袋が見える。 本を買ってきたみたい。 「欲しい本あったの?」 「あった、あった。良かったよ、隣町まで行って。勉強続けてていーぞ。俺、本読んでるから。」 そう言って、なんだか嬉しそうにコーヒーを淹れる先生。 本当に、本好きなんだなぁ、、、。 「お前も飲む?」 「うん!」 テーブルにコーヒーが2つ並ぶ。 先生はコーヒーを飲みながら、タバコに火をつけ、買ってきた本を取り出す。 私も机に向かいレポートの続きをする。 私の後ろで、クッションを背中にして、本を読み始める先生。 「なんかわかんないところあったら教えてやるよ」 「うん。」 そうして、しばらくシーンとした時間が流れる。 レポートを書く音、ページをめくる音、部屋の中は、その音だけが響いていて、なんだか心地いいなと思いながら、課題をどんどん進めていく私。 「万葉集か」 後ろで本を読んでいた先生が、突然に私のレポートを覗き込む。 「古代文学か。」 「うん。でも、課題は色々あってね、現代文もあるの。」 「ふぅん。」 そう言って、万葉集の教科書を取って、パラパラとめくる。 「昔の話っておもしろいよな。その時の背景とか考えると。」 そう言う先生の顔は楽しそうで、先生らしいなぁなんて思ってしまう。 そうだよね、高校の先生なんだもんなぁ。 でも、そこまでの楽しさがわからない私は正直に答えてしまう。 「おもしろいかなぁ?あんまり深く考えてないから、よくわかんないよ。」 「深く考えるとおもしろいんだよ。そこまで極めればな」 先生はそう言うと、ふっと笑って私の頭に手を乗せて、頭を優しく叩く。 こんな事でドキドキしてしまう私。 もし、昨日の話のことが現実になったら、この心臓は一体どうなってしまうんだろう。 先生の顔が、私の横にある。 それだけで、こんなにドキドキするんだから。 でも、先生はいつも通りで、淡々としていて。 こんなにドキドキしたり、愛おしく思うのは私だけなのかな?と、先生の顔をじっと見てしまう私。 「ん?」 「ううん!!なんでもない!!」 この気持ちを見透かされそうで、焦って顔をテーブルに戻そうとした瞬間、後ろから顎をぐいっと引っ張られた。 いつもより少し強引なキス。 いつもより少し長めのキス。 唇を離しても、私の心は止まったままで、何も考えられなくなってしまう私。 「勉強はかどんねぇな。」 ふっと笑って、また先生は本を読み始める。 何も無かったかのような振る舞いをする先生に、心はついていけない。 私にとってはすごくドキドキすることなのに、、、。 先生の気持ちが読めなくて、なんだか、遊ばれてるような感覚も芽生えてきてしまう。 きっと、昨日の話を引きずってるからだ。 先生の気持ち、、知りたいけれど、、、。 先生の「好き」より、私の「好き」のほうが絶対に大きい。 それがわかってしまうから、悔しい。 先生には絶対に敵わない気がする。 悔しいけれど、先生のことが大好きなんだ。 そう思いながら、またレポートに向かった。
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