夏の始まり

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食器洗いは私の当番。 居間では、テレビを見ながらくつろいでいる先生の姿が見える。 そんな光景を見ていると、なんだかほっとして、幸せな気分になる。 私だけが知る先生の顔、、、。 そうだよね?? 洗い物を終えて、先生の隣にそっと座る。 「おもしろい?。テレビ」 「んー、まあまあ。」 社会問題やら、地球環境やら、なにやら難しそうなテレビを真剣な表情で見入っている先生。 一緒に座って見てみるけれど、バラエティや歌番組にドラマしか見ない私は、面白さがよくわからない。 暇だなぁ、、。 なんて思っていると、隣に置いてあったカバンから着信音が鳴る。 携帯を見てみるとちいちゃんからのメールだった。 「課題終わりそう??」 というちいちゃんからの文面。 「少し進んだよ。ちいちゃんは?」 と返信する。 するとまた着信音が鳴る。 「全然進まないよー!渚と今日デートしちゃったよ!」という返信が来て。 「私も。今先生の家にきてるんだ。」 と送信する。 携帯を片手にそんなやりとりずっとしている私に、先生がやっと気づいた様子で、「なにしてんだ?」と、私の携帯を覗き込む。 「なんだ?千草か?」 「うん。課題終わりそう?ってメールきたから、返してる。」 「ふぅん。で、話終わった?」 「まだ。」 携帯の画面は、ちいちゃんへの返信の途中だ。 テレビに夢中になってる先生に、相手にされなくて、少し寂しかったのもあって。 ちいちゃんに長文のメールをしていたところだった。 そんな私に気づいたのか、バツが悪そうに、先生はテレビを消す。 私もメールを打ち終わり、携帯をカバンにしまった時だった。 「響」 突然に名前を呼ばれる。 「ん?」 と、先生の方を振り向いた瞬間、先生の唇が当たる。 そして、ぎゅっと抱きしめられる。 態勢を変えて、後ろから抱きしめる先生。 先生の腕の中にすっぽり入ってしまった。 後ろから顎を引き寄せられ、またキスをされる。 この感覚がたまらなく好きだ。 ドキドキする。 優しく頭を撫でられて、また唇と唇が、触れ合う。 長いキスに頭が朦朧としてしまう。 このまま時が止まってしまえばいいのに。 もしかして、、、これは自然な雰囲気?? ドキドキ高鳴る鼓動。 もしかして、、、このまま、、?? なんて、そう感じたのもつかの間で。 急に現実に引き戻される。 私の唇から、そっと先生は唇を離し、そして、先生は腕時計を見る。 魔法は切れたんだ。 「もう9時過ぎだな。送るよ。」 いつものパターンだ。 必ず先生は、家にいる時、9時が過ぎると、私を送る支度をし始めるんだ。 夢から現実へと戻される瞬間だ。 ほっとする存在ではあるけれど、女としての魅力に欠けるっていうことなのかな。 私の事、女として見てないってことなのかな。 私の事、子供だと思ってるってことなのかな。 確かに先生から見れば、私は子供だけれど、それはもう仕方のない事実で。 でも、そのままの私でいいって、さっき言ってくれたよね?? それとも、、、私の事、好きじゃないから?? いろんな感情が渦を巻いて、頭の中がぐちゃぐちゃだ。 もっと一緒にいたいのに、いつも突然に、壁は立ちはだかる。 この壁は何? この壁の向こう側へ行きたい気持ちになるの。 だけど、なかなか行けない。 どうして?? すっと立ち上がって、車の鍵に手を伸ばす先生のTシャツの裾をとっさに掴んだ。 自分からこんな事をするなんて、おかしいかな。 いつもの自分じゃないのは、よくわかってる。 でも、、!!! 先生の本心を知りたい。 昨日のさくらちゃんの言葉を思い出す。 「好きなら、絶対受け入れてくれるよ!」 先生の答えが欲しいくて、気づけば、言葉にしていた。 「、、、もっと一緒にいたい。」 壁なんていらない。 先生となら、乗り越えたい。 その気持ちに嘘はないから。 きっと、私のことを好きなら、本当に好きなら、、、。 受け入れてくれるはずだよね? 私の気持ちに向き合ってくれるよね? そうだと願いたい。 お願い、先生の答えを教えて?? 必死になって、恥ずかしさを堪えて言った私の気持ちに、気づいてほしい。 そう願うばかりだった。 でも、現実は、そう甘くはないことを知る。 先生との壁は思った以上に高いことを知る。 「、、、、、」 一瞬こわばった表情をした先生。 そして、困惑しながら、私から視線をずらして遠くに目をやったんだ。 迷惑そうな、困った顔、、、だ。 そんな顔を見てしまい、掴んでいたシャツを勢いよく離す。 !!!! 恥ずかしい!! 「違うの!!ごめんなさい!!冗談!!。明日仕事だもんね!私も学校だし!」 焦って、とっさに言い訳を考える。 悲しくて泣きたいのをこらえながら、笑って見せるけれど、ここから早く立ち去りたい。 「私歩いて帰るね!まだ、遅くないし!!」 カバンを手に持ち、玄関へ行こうとする私の手首を掴んで、先生は止める。 「響」 名前を呼ばれても、顔はもう見れない。 「大丈夫だから!ほんとに!!」 そう言って、先生の手を振りほどき、玄関へと向かう私。 やばい、泣きそうだ、、、。 恥ずかしくて死にそうだよ。 こんな気持ち、出さなきゃよかった。 勇気を出してそんな事を言った自分が惨めに思えてきて。 もっと一緒にいたいって思っていたのは、私だけだったんだ。 とっさに出た先生のあの表情。 それが、何を意味するのか。 愛されてる証拠なんて、何もないのかもしれない。 ただ、私が好きなだけ?? 私が一緒にいたいと思っているだけなのかもしれない。 「送るよ」 玄関先で、私の手首を再び力強く掴む先生。 もういいのに、、、。 でも、もういいや、、。 先生の手を振りほどく気力は、もう私にはなかった。 「、、、わかった。」と、素直に応じるしかなかった。 車の中ではお互い無言で、沈黙の時間が、余計に心に突き刺さる。 必死に涙をこらえながら、あぁ、やっちゃったな、、、っていう後悔が押し寄せる。 私は間違ったことをしたんだろうか。 まだまだ私は子供で、何もわかってない。 先生の気持ちさえ、わからなくなってきている。 さっきまで、一緒に料理を作って、楽しくて、嬉しい気持ちでいたのが嘘みたいだ。 先生も楽しそうな顔をしてくれていたはずなのに、思い違いだったのかな。 変な欲を出した私に、神様が罰を与えたのかもしれないなんて、窓の外の景色を見ながら、涙を堪えながら考える。 先生の顔が見れない。 どんな顔してるのか、そう思うと怖い。 いつもの家の近くの曲がり角。 「送ってくれてありがとう」と、先生の顔を見ないまま、車を降りる。 「また電話する」と言う先生の声が遠くで聞こえた気がしたけど、早くこの場から立ち去りたくて、返事もせずに、急いで車を降りたんだ。 車が走り去る音を後ろで聞いた。 立ち止まり、我慢していた涙が溢れてきた。 心が痛い。 なんで? どうして? 先生があんな顔をするなんて。 受け入れてくれると思ったの。 困らせるつもりじゃなかったの。 ただ、一緒にいたかっただけ。 先生はそうじゃなかったって事なのかな。 先生の気持ちがわからない。 愛されている証拠ってなに? わからない。 やっぱり壁は超えられなかった。 私達の中にあるある壁は想像以上に高くて、 勇気だけじゃ乗り越えられない。 この壁は一体なに? ねぇ、先生、教えてほしいよ、、、。
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