夏の始まり

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彼女を送り届け、家についた途端、ベットになだれ込む。 目を閉じて、ふぅっと、ため息がこぼれる。 「、、、もっと一緒にいたい、、か。」 まさか、響がそんな事を言うとは思わなかったから、驚いたのも正直な気持ちだ。 響の言った意味を考える。 そういう事、、だろうな。 唐突な彼女からの誘い。 まさか、響からそんな事を言い出すなんて、思いもよらなかった。 だが、俺は彼女の想いを素直に受け入れる事ができなかった。 響を傷つけた。 あいつの顔、泣きそうな顔をしていたな、、。 彼女を思い出すと、やりきれない気持ちになる。 なんてことしちまったのか。 そう思っても、もう遅い。 「情けねぇな」 さっきまで隣にいた、彼女のぬくもりを思い出すと、後悔と自責の念にかられる。 彼女の笑顔を、泣き顔に変えてしまった。 俺は一体何をしているんだ。 愛する彼女を泣かせて、彼女の勇気を踏みにじって。 「最低だな」 本当に最低な男だ。 彼女への罪悪感が重くのしかかる。 俺も男だ。 1人の男として、彼女を、、、という気持ちが無い訳ではない。 今までも、その想いに駆られた事は何度もある。 ただ、その先を、、、と考えると、どうしても自制心がかかっていた。 響は、そんな躊躇している俺をわかっていたんだろう。 不安にさせていたのかもしれない。 教師と生徒じゃなくなった今、2人を遮るものは何も無いのは確かで、2人の関係を考えれば、その先に進むのは自然な事なんだろう。 だが、俺は、響を抱く事をためらっている。 先に進む勇気がなくて、慎重になっているんだ。 彼女を抱きたいと思う。 その気持ちはもちろんある。 日に日に強くなるその想いを抱えているのも事実で、彼女と過ごす時間が増えるたびに、葛藤している自分がいる。 だが、いざ、、と考えると、俺は、怖くなって、いつもその先には進めずにいた。 一線を超えることに、恐怖を感じている。 男としての、俺の身勝手な欲を出せば、彼女を傷つけることになるかもしれない。 彼女を壊してしまうんじゃないか、2人の関係が変わるんじゃないか、、、いや、そんなカッコいい事じゃない。 本心は、彼女に嫌われるかもしれない、、、という恐怖心があるんだ。 27にもなって、そんな事を考えて、動けない自分を情けないと思う。 今までなら、そんな事考えることもなく、付き合った女と本能のまま、その行為をしてきたはずなのに。 響は違うんだ。 あいつの前では、本能のまま動く事が、身勝手な事に思えてしまう。 欲のある男の俺を出せば、彼女に嫌われるかもしれない。 響に軽蔑されるかもしれない。 響に嫌われたくない、軽蔑されたくない、そんな怖さが、彼女を遠ざけていた原因だ。 「大切にしたい」なんて、表ヅラはかっこいい事にしておきたいだけで、本心は、臆病な自分を響に知られたくなくて、逃げているだけだ。 はぁ、、また、ため息がもれる。 どうしたらいい。 あいつを傷つけた。 今頃泣いているに違いない。 ゆっくりと、このまま、、、なんてカッコつけて、大人のフリして、先へ進む事から逃げていたから、彼女を傷つけてしまったんだ。 罰が当たったのかもな。 いつまでも避けて通れる事じゃないのはわかっている。 「そーゆーわけにもいかねぇか。」 自分の気持ちに向き合うしかない。 逃げずに、響の気持ちにも向き合うんだ。 嫌われても、かっこ悪い姿を見せても、たとえ軽蔑されたとしても。 響には、ずっと隣にいて欲しい。 あいつの笑った顔が見たいんだ。 正直な気持ちを伝えよう。 そして、俺が作っちまった壁を越えるんだ。 そう思いながら、気づけば眠りについていた。 その後、連絡が取れない事態になるなんて、そんな事、その時は思いもせずに、、、。
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