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――神埜の前に滑り込んできた人影が、鬼の腕を受け止めた。
「……悪い。また遅くなった」
おそらく前線から、急いで後方支援のいるここまで駆け付けてきてくれたのだろう。
「神、崎……」
折れた二本の木刀を交差させ、鬼の一撃を受け止めたのは神崎だった。
同時に彼のすぐ横から飛び出してきた赤い狗が、鬼に体当たりを食らわせ、合わせるように折れた木刀で神崎が鬼の腕を押し返し弾いた。
「そいつを連れて下がっててくれ」
倒れている少年を横目に神崎が神埜に告げる。
鬼を威嚇するように唸る赤い狗は、神崎の【色紙】のコウだ。
「……神埜ちゃんはさ、もう、前線に出なくていいんだよ」
その言葉に、くしゃりと顔を歪める神埜をわずかに振り返り、神崎が笑って見せた。
「今度は、俺の番だ」
「でも、神崎……! あんたの【鬼纏い】は、失われて……」
かつて、神埜と神崎は同じ【鬼纏い】を修得した精鋭部隊に所属していた退鬼師だった。
【鬼纏い】とは、鬼面を被り、鬼の力を纏い戦うこと。
数年前の重要任務中、神崎は【コオリオニ】と相対し引き分け、氷漬けにされた。
そんな彼が凍結から解凍されたのは、数年たったつい最近のことなのだ。
前線に復帰したばかりのかつての同士を心配する神埜に、神崎は鬼を見据えたまま、困ったように肩をすくめる。
「あー……それなー。たぶん、大丈夫、かも?」
「かも、って……!」
こればかりは説明しようがない、と神崎は苦笑する。
自分の中に、何かの気配を感じる、なんて。
先ほどから、胸の奥が、心臓付近が、熱くて仕方がない。
それに自分を呼ぶ、声が聞こえるのだ。
神崎は、集中して内なる声に耳を澄ます。
――【今再び我を纏え】
やはりそうか、と神崎はハッキリ感じ取った。
【鬼纏い赤鬼】は、【コオリオニ】によって神崎が凍結された数年前に、失われたわけではなかった。
消えた【鬼面】の行方は、【鬼纏い】の力は、神崎の中に同化していたのだ。
目の前には鬼が二体。
手をつないでいるところを見ると、【テツナギオニ】だろう。
常に二体で行動し、二体同時に倒さなければ勝つことができない鬼。
対してこちらは、二対一という不利な状況に加えて、背後に二人仲間をかばいながらの交戦。
今この状況を打開できるのなら。
無くしたと思っていた力を取り戻せるなら。
何でもいい。
もう一度、俺に力を。
――【鬼の呪いを受け止めよ】
神崎の全身から、ゆらりと赤い陽炎のような霊気がにじみ出る。
深く息を吸い、呼吸を整える。
神崎は折れた木刀を捨てると、顔の前に左手をかざす。
「【鬼纏い】」
低い声音で唱えた言葉とともに、かざしたその手を、右から左へと滑らせる。
「【赤鬼】」
まるで仮面を被るかのようなその動作に呼応するように、スッと現れた赤い鬼面が神崎の顔の上半分を覆う。
同時に、鬼面からざわりと広がり靡く赤い鬣。
ちりちりと肌を焼くように、まるで燃えているかのような赤い霊気を纏う神崎。
神埜は呆然とかつての姿を取り戻す同士の姿を見上げた。
「そんな、まさか……神崎の【赤鬼】は、失われたはずじゃ……」
本来なら顔全体を覆うモノであったはずの鬼面は、顔の下半分が失われ、残っている上半分にも亀裂が入っている。
鬼面の下半分が砕け失われている理由は、神崎の頬から顎、首筋にかけて刻まれている過去の傷跡が物語っている。
【鬼纏い】の力を取り戻した神崎は、地面に落ちていた刀と鞘を拾い上げると納刀する。
二体の鬼が、神崎の放つ圧倒的な威圧感に、気圧されたように後ずさった。
「さぁ、俺と遊ぼうぜ」
赤い鬼面の奥から覗く黄金色の瞳が、楽し気に細められた。
***
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