七月末日、君と

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 普段の気抜けた表情とは、まるで違う。  本当に魔法が効果を発した……荒唐無稽な発想を抱かずにはいられない。くっきりと形作られた赤い唇が、馴染みの友を別人のように映す。  無駄とは知りつつ身を引いたが、背中には硬い壁の感触が伝わるのみだった。  互いの膝が軽く触れ合った瞬間、丹羽は大きく身震いして顔を背けた。  紅平の動きがぴたりと止まった。  恐る恐る顔を戻すと、彼はその場にへたりこんでいた。居間の白々とした照明を背に、薄闇でも表情に絶望が刻まれているのは明らかだった。  動けずにいる丹羽に向かい、彼はぎこちなく笑みを作った。  もういい、笑うな――救いの手を伸ばそうとするより先に、真っ赤な唇から、絞り出すような声が漏れ出た。 「ごめん……」  必死で笑顔を維持しようとする紅平の両目から、涙が溢れ始めた。美しい瞳をきつく閉じて、唇をわななかせて、声にならない嗚咽を堪えていた。 「好きに、なって、ごめん」  落涙とともに吐き出された、彼の、想い。  消し去れない、俺の、悔恨。  あの夜、俺が店に行きさえしなければ……。  今、こんなことにはならなくて、大学を出て社会に出ても、違う場所で生活しても、恋人や家族ができても、ずっと友人のままで――。 「後悔、してるよ」  丹羽の声に、紅平は瞳を見開いた。  肩で息をする彼が、全身全霊を傾けて言葉を待っている。 「あの夜、店に行ったことも。……お前の、気持ちを知ったことも。ぜんぶ、無意識とはいえ、ぜんぶ、俺が招いた失敗だ。すごく……後悔してる」
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