七月末日、君と

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 カラン、と軽快なドアベルの音とともに、芳香が鼻をついた。  スパイシーな、それでいて甘やかな香りは湿度の多い海辺の町にしっくりとなじんでいた。  怪しい雰囲気を放つ外観とは裏腹に、壁から、テーブルから、木をふんだんに用いた店内は、家庭的で温かな装いに満ちている。 「あ、いい感じじゃん」  背後で明るい声を上げた星野に頷き、丹羽も安堵の息をつく。  奥に長く伸びる造りの店は、テーブル席が五席ほどですべてが埋まっていた。カウンター席も半分以上が塞がり、予想以上の繁盛ぶりだ。  いらっしゃい、とどこかから掛けられた女の声に視線を走らせているうちに、最奥のテーブル席の横に立つ店員の姿が目に入った。  白いシャツに、ロング丈の黒い帆前掛けがよく似合う、手足の長い、痩せた男。薄暗い店内でも、白い肌と、整った目鼻立ちなのがわかる。注文を取っているらしき彼は、客とのやり取りの途中で横顔に笑みを刻んだ。 「すげえ……。あの()(づき)が愛想笑いを浮かべて接客してる……!」 「貴重映像だろ?」  驚愕する星野にしたり顔を返す丹羽も、内心では驚いていた。  飲食店でバイトをすると聞かされた時には仰天したが、実際にそれらしく店になじむ友人の姿は新鮮だった。  笑ったまま顔を向けた紅平と目が合う。軽く手を振ると、彼は見る間に顔を強張らせた。 「あら、コーヘイの友だち?」  入口で突っ立つ二人の前に、大きめの小玉すいかほどはありそうな二つの胸を揺らせて女主人が立ちはだかった。  ハマグリの潮パスタ、ココナッツカレー、キンメの煮つけ、黒糖サーターアンダギー……。壁掛けの小さな黒板に記された「本日のメニュー」を見ても、アイグーが何風の店なのかは判然としなかった。 「いい店……だな」  呆然と呟いた星野も、丹羽も、目の前で揺れる重そうな乳房に釘づけだった。 「Hカップだ。まいったか!」  胸を突き出した女主人・(かおる)にそろってのけ反り、カウンターの高い椅子から落ちかける。ガハハ、と笑う店主はいい意味で女っぽくはなく、二人はようやく迫力満点の爆乳と、不思議な世界観の店に慣れつつあった。  す、と気配もなく現れた紅平が、カウンターの内側から手を伸ばしてコースターとグラスビールを置いた。無造作にたくし上げたシャツから伸びる細い腕が、仄暗いダウンライトの下でゆらめく白い魚のようだった。 「こらぁ。友達にもちゃんと接客しろぉ。せっかく来てくれたんだろうが」  薫に拳でぐりぐりと頭を押さえられた紅平は、眉間に皺を寄せて端整な顔を歪めた。
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