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それと違って私が在籍する普通科は、単位制でもなければ卒業試験もない。なので毎年普通科の生徒は運営や設備の警備などでお手伝いをするのが決まりらしい。
それと今の話と何の関係があるのだろうか。
「…もしかして…っ!」
「コンサートに出るわけないでしょ。それが終わった後の後夜祭だよ」
「…後夜祭?」
「チャリティーイベントが終わった後に、生徒だけで打ち上げと称した後夜祭をやるんだよ。うちは学園祭がない代わりに、後夜祭を生徒たちで派手にやるってのが決まり。ダンス部のダンスや漫才とか、ホール使って色々盛り上げるんだけど、毎年同じ事の繰り返しで生徒が飽きてきてるのが現状。黙って帰る奴もいるくらいだしね。それで、生徒会に白羽の矢が立ったってわけ」
「いやいやいや!だからって曲を作れっておかしくないですか!?どうやったらそこに飛ぶの!?」
「まあ本番まであと5ヶ月ちょっとあるし、時間はたっぷりあるから」
違うそうじゃない。
何なの?話通じないの?私と夏目先輩との約50cmの距離の間で時空が歪んでんの?
「ってか作曲なら夏目先輩がすればいいじゃないですか!ピアノ専攻でしょ!?」
「俺は作曲はしないポリシーだから」
そんなポリシー今すぐにトイレに流してしまえ。ああ言えばこう言う。と言うかこの人、こんな暴君でよく生徒会長が務まるな…。役員の人苦労してるんだろな…合掌。
「そもそも音楽科でも何でもない私が曲を作る意味が分からないんですけど!?」
「作れる奴が作る。それの何が間違ってる?」
「いや、だから作曲なんてしたこともないし…」
「大丈夫。人はやれば何とかなる生き物だから」
じゃあお前がやれよ。とは死んでも言えない。本当に意味が分からない。後夜祭を盛り上げる為に曲を作るっていう方程式が成り立つ意味が分からない。証明出来るなら今すぐにここで解き明かして頂きたい。もう何か頭痛くなってきた…。
「ってか、曲を作ってどうするんですか?」
「歌うんだよ」
「うた…っ…歌う…?」
「うん」
しれっとまた新たな単語を出してきた夏目先輩。私の戸惑いを微塵も感じないのだろうか。
そして己がとてつもなく突拍子もないことを言っていることに気が付いているだろうか。
何だ、“歌う”って。合唱か?ピアノ弾いて全校生徒で歌うのか?後夜祭で?…それはそれで斬新だな。それならもう校歌で良くない?…それは良くないか。しらけるな。うん。
頭の上にハテナをこれでもかと並べながら、自分なりに先輩の言葉を咀嚼していくが、全くもって正解は導き出せない。
そんな私を他所に、夏目先輩はもっと私を混乱させる言葉を言い放った。
「バンド、やろうと思って」
ばんど…band……バンド??って、あの?
「何故、バンド…?」
「生徒会が前に生徒にアンケート取ったら一番多かった意見がそれだったんだよ。決めたのは俺じゃない。全校生徒の意見を生徒会長として真摯に受け止めた結果だよね」
「…因みにそのアンケートっていつやりました?」
「去年だったかな」
私いないじゃん!知らないよそんなアンケート!何最もっぽい事言っちゃってんのこの人。じゃあそのバンドメンバーもアンケートで募集しろよ、マジで。
「大変恐縮ですが、辞退させて頂きます!」
逃げよう。今すぐに逃げよう。
なんかこの人と関わったらロクな事にならない気がする。本能がそう告げている。
勢いよくお辞儀して、自分の荷物を急いで持って教室の出口にそそくさと足を進める。
「いや、君はやるよ」
教室を出る瞬間に、私の背中に向かって夏目先輩がそう言った。
「きっと、曲を作る。絶対に」
顔だけふり返って夏目先輩を見る。先輩も真っ直ぐに私を見ていた。
無言のまま見つめ合って、そのまま先輩を置いて、あの渡り廊下を駆けた。もう振り返りはしなかった。
さっきの先輩の言葉が、静かに頭の中で繰り返された。
何度も、消えずに残った。
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