57人が本棚に入れています
本棚に追加
/101ページ
その痛みは計り知れない。
だって、彼女はどこまでも作り笑顔が上手だったから。
結局俺達は、違う星の住人なんだろう。
同じように傷だらけで、何もかも捨てられなくて。それでも全部、違う痛み。
知ったところで、救えるものなんて何一つない。そんなこと、多分望んでいない。彼女も、そして俺自身も。だから何も聞かないんだ。お互い、その心の置き場所は誰にも知らせない。自分だけが知っていればいい。
何があったの?
どうした?
何で泣いてるの?
そんなありきたりな言葉に何の意味があるのだろうか。そんな陳腐な言葉で慰められるのならば、俺達はきっとこんなところで迷ってなんかない。
窓から射し込む光に、眼がチカチカと瞬いた。
「今日は夕日がやけに赤いね」
「え?」
窓の外を眺めながらそう言った俺に連れて、彼女も同じ方を見る。
燃えるように真っ赤な夕日に晒された彼女の横顔は、やっぱりどこか泣いているように見えた。その涙の落ちる場所は、きっとまだ見つけられていない。
「知ってます?先輩」
ゆっくりと沈んでいく夕日を見ながら彼女が俺に問い掛ける。
「夕焼けって、人の眼に映る時にはもう太陽は沈んじゃってるんですよ」
君は確かにここにいる筈なのに、もう何処にもいないような気がした。
「赤は波長が長いから、反射した光が残って人間の眼に写ってるだけ。本当は、もう何もない。私達は幻影をただ追いかけてるだけ」
本当の君は何処にいる?その眼には何が写ってる?君の音は、何を叫んでる?
全部考えたってキリがない。君は答えない。俺だって聞かない。
2人の間に必要なのはきっと、“音”だけだから。それだけが此処にいる理由。
今さら引き返すつもりもない。君の隠してきた傷に触れたからって、俺達だってもう他に方法が見当たらない。
彼女はずっと沈む夕日を見ていた。だから俺も前を向いた。
そうか、この眼に写る光は、もう先に明日へ行ってしまったのか。
「人間の眼に写るものなんて、ほんのわずかなもので、でも多分その眼に写るものが全てで。その光が届く量は、誰一人として同じ事はない。だから、どれだけ同じ方向を向いても、どれだけ時間を重ねたって───私と夏目先輩が同じ景色を見ることは一生ないんでしょうね」
そう言って、ゆっくりと瞬きをした。
ここでギターを鳴らし始めて数週間。
たった一本のギターだけを頼りに、2人はここにいる。そしてただ、このギターを鳴らす。
ただそれだけだった。言葉も、温度もいらない。“音”だけで確かめていた。
彼女はきっと気付いている。
君と俺とは見つめている先が違っていることを。そしてそれが、交わることは無いってことも。
それでもいい。なんだっていい。
今の苦しみから逃れられるなら。
その先の想いなんてものは、いくらでも騙してやる。
「…始めよっか」
また今日もギターが鳴る。
それだけが2人を繋いでいた。
最初のコメントを投稿しよう!