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「もう一回、バンドやろう」 このメンバーでもう一回。あの頃のように。最後にもう一回だけ。 過去に縛られて身動きが出来なくなっているのは全員同じなんだから。同じ場所で、同じように止まってるなら、“せーの”で一緒に動きだそう。同じ音を奏でて、あの頃とは違う行き先だとしても。 一緒に、歩いてくれるでしょ? そう投げかけた。 “うん”と言ってくれると信じて疑っていなかった。だって、同じ気持ちを抱えてる事なんて、お互いが一番よく知っていたから。 だから、少しの沈黙のあとに言った葵の言葉は俺にとっては予想外というよりも、頭の片隅にもない解答だった。 「やらない」 たった一言、俯いてそう言った。ドラムスティックをぎゅっと握り締めて、震えるような声。 「は?」 予想していなかった言葉に思わず溢れ出てしまった言葉に、葵が顔を上げて俺の方を見た。 「だからやらないって」 「なんで」 「なんでも」 そういって、つーんと顔を逸らした。 拗ねたような態度を隠すつもりもなく、もう絶対に振り向いてやるもんかと鼻息を荒くする。 「いや、だから」 「私には!」 俺の言葉を聞く気もないとでも言うように、葵が勢い良く立ち上がった。立ち上がる時に不意に踏んでしまったバスドラムが、その勢いのままドンッと音を鳴らした。 心臓を叩かれたのかと思った。 「私には、奏多が考えてることが手に取るように分かる。それはきっと、私も一緒だから」 「じゃあ、」 「でもやらない」 キッと睨み付けてくる葵の顔が、あの日と重なった。ギターを叩き折って、その残骸を静かに拾って俺を見上げたあの日の顔と。 「何でもかんでも叩くと思ったら大間違いなんだからなコノヤロー!!」 これでもかと言うほどの声量でそう叫んで、スティックを俺に投げつけて葵はそのまま勢い良く部屋を出ていってしまった。 「……怒ったらスティック投げるのやめろよ」 「ほんとにね」 カラカラと虚しく転がり落ちたスティックを拾う。つい最近買い直したのか、それは真新しかった。何本目なんだろうか、これは。葵は一体、何回、あの日を繰り返し叩いているのだろうか。 俺は何度、あのギターの折れる音を頭で鳴らすのだろうか。この部屋いっぱいに流れ込む、吐きそうな程の無様な音は一体いつになったら消えるのだろうか。 はぁ、と溜め息を吐けば、横からもう一本のスティックを世那が拾って渡してきた。 何も言わず、いつものように人好きのする笑顔を浮かべて。それを黙って受け取る。 世那はフッと息を漏らしてシンバルを指でパーンと弾いた。控えめに鳴ったシンバルが静かに音を震わせて、溶けるように消えていった。
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