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“音楽に正解なんてない” いつだったか、なんかの雑誌のインタビューで、どっかの音楽家がそんな事を言っていた。いつだったかも、誰だったかも思い出そうとしてももう思い出せない。それでもそのフレーズは、何故だか忘れられなかった。 “そんなことないでしょ” それが、そのインタビューを読んだ時の俺の感想だった。 だって俺の知っている音楽は常に“正解”を求められてきたから。五線譜に並んでる音が全てで、そこに小細工なんかは不要だった。正解なんてものは最初っから目の前にあって、俺はただひたすらに答え合わせをするように音を鳴らす。そして、まちがいさがしをするようにその音を他人が聴くんだ。 自分の指先で鳴らすその音がいつしか、何の音かも分からず、どこか他人事のように感じて、何の意味も価値も無くなってしまったのはいつからだっただろうか。 “音楽に正解なんてない” その解答は、誰かにとっての正解で、誰かにとっての不正解で。結局のところ、音楽なんてものは正解だの不正解だのの狭間なんかじゃなくて、理屈や不確かさなんかもきっともどうでもよくて、心の奥の奥に微かに息を潜めるそれらを言葉にするにはあまりにも足りなくて、その思いに近づける程の言葉すら持ち合わせてないし、そんなのいくら並べたってあまりにも陳腐すぎるから────“音”にするしかなかったのだろう。 「お待たせ、奏多」 つい3日前にも来た楽器屋。カウンターの足の高い丸椅子に座って、天井を見上げながらくるくる回っていたら、地下からカンカンと足音を鳴らしながら宗助がやって来た。右手にはギターを持って。
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