魔法使いが残したもの

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 おじいちゃんはね。魔法使いなんだよ。  小学校入学のお祝いに開かれた小さなパーティ。町で小さな洋食屋を営んでいる祖父と祖母が二人の孫のために開いてくれた。  大きなくまのぬいぐるみがかざってあるかわいらしい店内に笑い声が響く。  小さな洋食屋で子供たちが大好物のオムライスを食べた後……。  そのときコックの姿をした祖父が言ったのだ。 「おじいちゃんはね。魔法使いなんだよ」 「うそだー」  男の子はすぐに疑った。  この世界に魔法なんてものはない。だってそんなもの見たことがない。本にあるのはすべて作り話で、ねずみを他の動物にするような魔法は見たことがない。  手品だってタネがある。  男の子はそれを知っていた。  けれど、 「本当!?」  従兄弟の女の子はすぐに信じた。  男の子より半年も早く生まれた女の子はもうすぐ7歳の誕生日を迎える。それでも夢見る年ごろには違わなかった。 「おじいちゃんすごいね」  女の子はその言葉に楽しそうにはしゃぐ。 「春香。それはじいじの嘘だよ」 「なんで?」  意地悪な男の子に女の子は頬をふくらませる。 「おじいちゃんは本物の魔法使いだよ」 「魔法使いなんているわけないじゃないか」 「でもおじいちゃんだけが魔法でおいしいオムレツを作れるんだよ」  祖父はいつも孫たちにそう言っている。  おじいちゃんは特別な魔法で卵をトロトロにできるんだよ。……と。 「私のお母さんのオムレツはこんなに柔らかくないもん」  でも、男の子は知っている。  それは技術であって魔法じゃない。  だって、テレビで同じような中身がトロトロのオムライスを作っている人がいた。何年も有名なお店のシェフをやっている人だと言っていた。 「ポイントは生クリームです。あとは鉄のフライパンを使う技術かな」  テレビで言っていたその言葉にショックを受けるのは自分一人で沢山だ。だから女の子に言わないでいたけれど、でもいい加減小学生になるんだから魔法使いは卒業しなければ。 「じいじはずっと練習したからおいしいオムレツができるんだよ。じいじに秘密を聞いたら、きっと春香も僕も作れるよ」 「じゃぁ、司君も作って見せてよ!」 「僕は練習していないからすぐには無理だよ!」 「まぁ、待ちなさい。司、春香」  けんかをしそうになっている孫二人に祖父はほほえましいものを見る目で声をかける。 「でもぉ」  二人そろって声をかけると、空になった皿を片付ける祖母がくすっと笑った。 「でもね、やっぱりおじいちゃんは魔法使いなんだ」  そう言いながらガラスのカップを二人の前に差し出す。 「熱いから気を付けてね」  そう言われてから注がれたのは薄い青色をした飲み物だった。 「おじいちゃん、なーにこれ?」 「お茶だよ」  男の子はそれでも祖父の言葉を信じず、香りをかいだが特に変わった香りはしない。いや、フローラルでいい香りだ。 「青い食べ物はこの世に存在しないって本に書いてあったよ」 「司、よく知ってる……とっても物知りだ」  祖父は男の子の知識をほめた後、 「だから、これはおじいちゃんの魔法のお茶なんだよ」  そうやってまた祖父は笑う。  疑り深い目で見ている男の子とは対照的に女の子はきれいな青に目を輝かせる。 「これどんな味がするの?」 「やけどをしないように気を付けて飲んでごらん」  女の子は言われた通りにふうふうとグラスのコップに息を吹きかける。それを見て男の子は少し冷ましただけで、口を付ける。 「あちっ」  まだ少し熱かった。けれど……。 「変な味はしない」  まぁ、もっとも祖父が出すもので味が悪いものなどなかったが。  青い色に男の子はあまりいい印象を持たなかった。  ただ、目の前に座っている従兄弟には大好評だった。 「熱いけどおいしいね。色もきれいだし」 「それは良かった。けどね、魔法はこれからなんだよ」  祖父は小さな小瓶を手にする。 「さて、問題。これは何だろう?」 「とっても甘い香りがするわ」  どこかで味わったことがあるが、それが言葉にならない。  しかし、同じく小瓶の香りをかいだ男の子はすぐに気づく。 「はちみつレモンじゃない」 「正解だよ。これはおじいちゃん特製の魔法のはちみつレモンシロップだよ」 「うわぁ、よくわかったね、司。すごーい」  素直に褒められたので、男の子は照れて目をそらしてしまう。 「さぁ、この魔法のシロップを入れてあげよう」  そう言ってから小瓶の中身を女の子のお茶にそそぐ。そしてすぐにマドラーでカップの中をかき混ぜると 「うわぁ」  女の子は声を出して驚いた。  お茶はその色を変える。青からピンクへ。彼女の大好きな色に変わる。 「わー!わー!すごーい」 「春香はピンクが好きだものね」  祖母の声に女の子は大きくうなずく。 「そら、司のお茶にも入れてやろう」  そう言って祖父は男の子のお茶にも同じシロップを注ぐ。 「え、ぼく。ピンクは」  嫌だ。そう言おうと思ったら、男の子のお茶は紫色に変化した。 「これでいいだろう」  同じものを入れたはずなのに、全く違う色になる。  好奇心旺盛な男の子は「何で?」という言葉を何度も繰り返す。  それでも、 「これが魔法だよ」  と祖父は笑う。祖母も笑う。  うろたえる男の子に女の子も笑う。  これで魔法の話は終わり。  男の子は魔法の存在を信じず。  女の子は魔法の存在を信じて。  そして彼と出会うことになる。
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