魔法使いが残したもの

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「結局さ」  その時の男の子・司は同じ学校に通う従兄弟の春香との下校の途中、そのことをふと思い出した。  5年前、自分たちの入学祝いに祖父が振る舞った魔法のお茶。 「結局あれは魔法じゃなかったわけだ」 「あれはおじいちゃんの魔法よ」  従兄弟の言葉を無視して司は続ける。 「あれはマロウブルーというハーブティだ。アルカリ性のもの……あのときはシロップに入っていたレモンだな。それを入れると色が変わる」 「……」 「僕たちの色が違ったのはそのシロップの量が違ったから。シロップをたくさん入れた春香のはピンク色になって、少しだけ入れた僕のものはその前の青と赤の途中の色、紫で止まった。それだけだよ」 「それでも」  春香はにっこりと笑う。 「おじいちゃんはやっぱり魔法使いだったわ」  そう信じているならば信じればいいと司は思う。本当に従姉は子どもっぽい。 「魔法なんてない」  この世界に奇跡なんてないように。  この世界に魔法なんてない。 「でも目の前にあるものを見たら困っちゃうでしょう」  いたずら天使のように女の子に笑われてしまう。  司は幼いときから本をたくさん読んだ。絵本も小説もたくさん読んできた。そして好奇心旺盛な男の子は早い段階でその矛盾に気づいてしまった。だからジャンルを問わずたくさんの本を読んだ。  結果、彼は空想のものを信じない。魔法使いも超能力者も宇宙人もファンタジーな世界も。そして名探偵も、怪盗紳士も信じない。  それは物語だ。作り話だ。娯楽だ。  面白いからそういう設定にするだけだ。 「きっとあいつは中身があるんだ」 「うん。ちゃんと心はあるよ」 「そうじゃなくて……」  言い返そうと思ってけれど、祖母の営む洋食店にたどり着いてしまったのでやめた。  すでに入り口にはクローズの札がかかっている。  女の子はためらうことなく入口の扉に手をかける。  そして、入って第一声。 「ただいまー」 「おかえりー」  返ってきたのは高い声。かわいらしくて無邪気な男の子の声だった。  僕にはそんな声は聞こえていない……と司は自分に言い聞かせる。 「春香ちゃーん」  ぬいぐるみがこっちに向かって走ってくるなんて見ていないと男の子はもう一度自分に言い聞かせる。 「お帰り―、春香ちゃん」 「ぎゅー」 「ぐー」  うん、僕はただ従姉が昔からこの洋食屋にいた大きなくまのぬいぐるみを抱きしめている結果しか見えない。 「お昼ごはんどうだった?」 「おいしかったよ。今日のお弁当も」  見えない、聞こえない。 「でしょでしょ、ぼくが作ったんだよ」  見てない聞いてない。  司は何度も自分に言い聞かせる 「うん、また作ってね、ハンバーグ。ごちそうさま、くまセーヌ」  それは二人で付けたこの洋食屋に鎮座しているぬいぐるみの名前だ。 「司ちゃんは?おいしかったー?」 「おいしかったに決まってるよー」  無視しよう。こんなことありえない。もう夢物語も魔法も信じていない小学5年生はそう決めて歩き出そうとして。 「司ちゃん」  くまのぬいぐるみがぴょんと抱きついてきた。 「いたずらはやめろよ。春香」  その女の子は離れた席にランドセルを置いている。手を伸ばして届く距離にはいない。  けれど、くまのぬいぐるみはべたべたと男の子の体にくっついてはなれない。 「司ちゃん、いい加減に僕を認めよう?今日のお弁当おいしかったでしょう。僕が作ってあげたんだよ。えっへん」 「ねぇ、春香。いたずら止めてー」 「いい加減認めよう。司君。くまセーヌは……」  嫌だ、絶対認められない。 「そのぬいぐるみは死んだおじいちゃんの魔法で生きてるんだよ」  それは魔法のような不思議な話。  魔法使いを名乗った一人の老シェフと。  魔法を信じる女の子と。  魔法の世界を否定する男の子と。  なぜかコックコートに身を包んだ、歩いて動くクマのぬいぐるみの話。
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