15人が本棚に入れています
本棚に追加
私は店の奥に入り、白シャツと黒のパンツに着替え、エプロンをつけた。その姿で奥から出てくると、南くんは「かっこいいね」と親指を立てた。
恥ずかしさのあまり、思わずうつむいた。こそこそと横歩きで、ドア前へと移動する。
「おまたせしました」
カウンターテーブルに、ブレンドコーヒーが置かれる。遅れて、シュガーポットとミルクポットが、南くんの前に運ばれてくる。
彼はそれには手を付けず、そのままカップを口に運んだ。そして、慌ててカップを口から離した。
無言のまま、父と目が合う。
「無理せず、砂糖とミルクを使ってね」
「いや、せっかくのコーヒーを汚してしまうようで……」
うなだれる南くんに、「コーヒーって体質もあるから、無理しちゃダメだよ」と私が言うと、父もうなずいた。
南くんは観念したように、ミルクを注ぎ、角砂糖を一つ、二つ入れた。再度口に運び、「美味しいです」と笑顔を浮かべた。
父は素直に喜んだが、私は無理して言っていないか、心配だった。
やがて、続けて数人のお客さんが入ってきた。私が対応に追われていると、南くんはその様子を黙って見ていた。
時折、南くんと目が合った。微笑ましそうに向ける彼の視線が、こそばゆかった。仕事の合間、彼に「そんなに見られると恥ずかしいよ」と、勇気を出して言った。
「ごめんね。羨ましくもあり、嬉しくもあって……」
「え?」
「僕はもう手伝えないからさ。頑張っている君を見ると、つい……」
その表情はどこか寂し気だった。
南くんは、私と自分を重ね合わせているのかもしれない。
最初のコメントを投稿しよう!