成瀬珈琲店

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 掃除と焙煎が一段落すると、父は私をカウンター席に座らせた。いつも淹れたてのコーヒーとトーストを用意してくれるのだ。父はカウンター奥の上棚に乗っている瓶から、コーヒー豆を取り出し、デジタルスケールで分量を量った。  なぜ焙煎したてのコーヒー豆で飲ませてくれないのか、と以前に聞いたことがある。「少し寝かせた方が味が出る」父の答えに納得したのを覚えている。  コーヒー豆を挽き終わると、芳醇で深みのある香りが漂い始めた。父はペーパーフィルターをセットしたドリッパーに、挽いたばかりのコーヒー粉を入れた。粉の表面が平らになるようにペーパーを揺らしていく。そしてドリッパーをコーヒーサーバーの上に置き、二度三度、間隔を空けながら、お湯を注いでいった。   コーヒーを淹れている父の姿が好きだった。いつも穏やかな父が、その瞬間だけは職人のように気難しい顔を見せる。凛々しいその表情をずっと見ていたかった。私も父のようになりたいと思ったが、口にはとても出せなかった。  トーストとコーヒーが私の前に運ばれてくる。焼きたてのトーストをかじり、良い香りのコーヒーを口に含むと、思わず幸せを感じてしまう。だが、感じてすぐに、私は感情にフタをした。幸せを幸せと感じないように、知らない振りをする。   食事を済ませ、ゆったりとした時間を過ごしていると、父が「遅刻するぞ」と急き立てた。今日は朝、少し遅れた分、父も神経質になっている。まだ早いくらいだが、父の目が鋭く居心地が悪い。仕方なく私は店を出ることにした。
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