バス

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 気が付くと、後ろから来た人の流れに押され、南くんの近くまで来ていた。南くんは私を見て「座ったら?」と空いている隣の席を指差した。車内も混んできている。観念して座ることにした。   不意に小さな不幸が訪れる。 「成瀬さん、寝癖」   南くんは、私の襟足を見てそう言った。一瞬で顔が熱くなった。懸命に手櫛で寝癖をとかす。何も指摘してくれなかった父を少しだけ恨んだ。  彼は「良い物があるよ」と言いながら、自分のバッグを漁った。そしてスプレータイプのスタイリング剤を取り出し、私に手渡した。 「寝癖直しにも使えるから、学校に着いたら使うといいよ」 「ありがとう」   恥ずかしさでいっぱいの顔を伏せつつ、それを受け取った。 「朝は、いつもギリギリ?」 「ううん。五時半には起きてる」 「五時半?」   南くんは目を丸くし、きょとんとした表情を浮かべる。 「うち喫茶店で……。朝の手伝いをしていて……」 「ああ、そうなんだ」
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