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私は立ち上がり、全身を硬直させながら、南くんの席へと向かった。
「これ、ありがとう」
小さな声で呟くように言った。
彼の机の上にスタイリング剤を置くと、南くんは「うん」と顔を綻ばせた。私はそのまま立ち去ろうとすると、「待って」と呼び止められる。
「これ貸した代わりってわけじゃないんだけど……」
南くんはスタイリング剤を手に、私を見た。そしてこう続けた。
「今度さ、成瀬さんの店に行ってもいい?」
心の中で私は吹き出し、うろたえた。
「どうして……?」
「興味があるんだ。家業を持っていた者として」
「け、見学?」
「そんなとこ」
見学だけなら、小さな不幸で済むかな。小悪魔に伺いを立てるが、ささやきはない。
「ダメ?」
首を傾げる南くん。
せっかくのお客さんに来るなとは言えない。
「ダメじゃないけど……」
「じゃあ」
彼は私から、店の場所を聞き出した。「駅前の近くじゃない」と彼は驚いた。そう成瀬珈琲店は、学校の最寄りの駅からそう遠くない場所にある。
「今日行くよ」
「今日?」
「都合悪い?」
「私、今日店番なんだ……」
「なおさらいいじゃん。見学だから」
南くんにエプロン姿を見せるのは恥ずかしい。
「決まり。今日の放課後、校門前で」
私は何度か、首を縦に振るだけで精一杯だった。
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