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アレックスから今日会いたいと連絡が入った。
何事かと思ったがどうせ大したことではないと思い、だらだらと過ごしているとインターフォンが鳴った。
「アレックス?」
「僕だよ、蓮」
「セシル!」
蓮は慌ててドアを開ける。いつ見ても美しい。金色の髪に青い瞳。ハーフというよりはもうすでに白人に近い。
「どうしたの、急に」
「仕事で近くまで来たものだから少し寄らせてもらおうと思って」
「遠慮しないで入れよ」
セシルは孤児院で一緒に育った兄のような存在だ。淋しい時、哀しい時、いつも一緒にいてくれて、励ましてくれた。セシルがいたから一人という孤独を味わわずに済んだ。孤児院を出てからも時々こうやって会う。人気の美容師であちらこちらに呼ばれて仕事をしている。
「待っててね、今、コーヒーでも入れるから」
「……昨日、発情期だった?」
ぎくりとして蓮は手を止める。空気の入れ替えはしたもののαのセシルには感じるものがあるのだろうか。
「うん、……まあね」
「じゃ、アヌビスさん、来てたんだ」
アヌビスにそっくりだ、と言ってからセシルはアレックスのことをアヌビスさん、と呼ぶ。
「蓮。大丈夫?」
「大丈夫って、なにが?」
「うん……」
セシルには何でも話せる。だからアレックスとのことも、彼に魂の番がいることも話した。
「はい」
「ありがとう」
向き合ってコーヒーを飲みながら黙り込んでいるとセシルが思い切ったように話し始めた。
「アヌビスさんに、ちゃんと聞いた?」
「なにを?」
「番のこと。彼はなんて言ってるの?」
「そんなこと聞けるわけない」
「でも確かめないと」
「確かめるもなにも、発情期の俺と接していてなんともないんだぜ! それって番がいるからじゃないか」
「……うん」
番がいるαは発情した他のΩがいても反応しない。わかっているから何も聞けない。聞いたところで絶望することに変わりはない。
「同情に決まってる」
「そうかな」
「そうかな、って」
「同情だけでこんなによくしてくれるものかな」
「セシル」
「会ったことがないからわからないけど、同情だけでこんなふうにしてくれるとは思えない」
「やめようぜ、こんな話」
堂々巡りだ。蓮は荒っぽくカップを置いた。苦笑してセシルが謝る。
「もう行くね」
「なんだよ」
「ほんの少しでも顔が見たかったの」
玄関まで見送る。外に出たセシルがくるりと振り向くと蓮の腕を取って引き寄せた。
「セシル」
「いい子。蓮はいい子だね」
頭ひとつ小さいセシルに抱きしめられて、蓮は思わず抱きしめ返す。小さい時からセシルはいつも温かさというものを教えてくれた。
「蓮、無理をしないでね」
「大丈夫。セシル、俺のことばかり心配するなよ」
「ありがとう」
セシルは何度も振り返り部屋を後にした。それから蓮はアレックスが来るまでずっと待ち続けたがなかなか来ないので連絡を入れようと思った。だが、番、の一文字が頭に浮かんでそれは止めた。
──番とよろしくやってるんだろう。
その晩、仕事になるまでアレックスはこなかったので、蓮はそのまま約束のことは忘れてしまった。
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