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2.出会い
「ごめんね。起こしちゃったかな」
目の前には明らかにαの、同じ歳くらいの若い男。多分、今日のアルファ中等学園のお客様。
今日はパーティーだからお客様は私服で来ている。仕立ての良さそうなスーツをこの歳で着こなしてるなんて、嫌みか!
俺は厨房スタッフ休憩中なので、白いTシャツとジャージ。
「大丈夫です。少し休憩してただけですから」
口先だけのセリフを言い、目を逸らす。
αと離れたくてパーティーをボイコットして謹慎中なのに、どうしてこんなことに!
お前はなぜパーティーに行かない!俺の隠れ家だろ、ここは!
色んな感情が顔に出ちゃったようで、目の前の男は明らかに困っている。
厨房スタッフとして、お客様には失礼な態度はいけないな。
「今日のパーティーに気後れしてて、散歩してたらここに辿り着いたんだ。
君は厨房スタッフなの?」
Ωってバレてない。そうか、学園の腕時計してないし。
αでもパーティーに行きたくないって奴いるんだな。
俺の無言を怒っていると勘違いしたらしく、目の前の男は更に申し訳なさそうにする。
「邪魔をする気はないんだ。もう行くから、休憩を続けて」
「αの方も気後れするって、びっくりしてただけです。
このままパーティーが終わるまで、ここにいてください。
私が他の場所に行きますから」
「待って!まだ時間があるなら、少し話し相手になって。
同年代のβと話す機会ってなかなかないんだ。
αだと何かライバル同士って感じだし、Ωは見定めているみたいで苦手なんだ。
友達がいない訳ではないけど、息がつまる時もあるよ」
弱ってるα、新鮮!
俺は話し相手になってやることにした。
これは「生活科」の授業であった「アルファを癒す傾聴」だな。
オメガ中等学園では、αに都合のよいΩになる教育が行われている。
「αは様々な競争に晒され、ストレスを抱える方もいます。
そのストレスを癒すのも皆さんの役割です」
なんて授業だったかな。
授業には全く興味がなかったが、まあ厨房スタッフとしては、お客様へのサービスと思って聞いてやろう。
名前は、八重樫というそうで、アルファ中等学園の3年生。同じ歳だった。八重樫は身長160センチの俺より15センチは高そうで、筋肉も程よくついたモテそうな感じ。
短めの黒髪に切れ長の目、寄り付くオメガ男子も多いことだろう。
アルファ中等学園の恐ろしいまでの競争社会の話は、八重樫が話すとむしろ笑える。
勉強、運動だけでなく昼飯までも競争。αも大変なんだな。
「ああ、もうこんな時間。
迎えが来るから会場に戻らないと」
八重樫は腕時計で時間を確かめ、名残押しそうに俺を見た。
と、その時雨が降って来た。
「八重樫様、傘をお持ちします。
少しこちらでお待ちください」
パーティー会場の体育館までは少し距離がある。
そのスーツを濡らすのも、よくないだろう。
俺は厨房の更衣室に置いてあった傘を急いで取りに行き、手渡した。
八重樫は礼を言い、帰り際に思いがけないことを言った。
「次のティーパーティーの間もここで会えないかな」
アルファ中等学園とのティーパーティーは毎月行われている。
つまり来月ということになる。
ということは、来月も俺はティーパーティーへの出席を拒み、謹慎か。
八重樫は知らないことだか、「次回もサボろう」なんて面白い誘いだ。
「厨房の休み時間が合えば、ということでよければ、少しだけならお話できるかもしれません。でも正直、分からないのでお約束はできません」
パーティーには出席する気は全くないが、謹慎が厨房での労働ではなくて、部屋から出られないかもしれないしな。それに今日は体調が悪かったから1時間休憩してしまったが、本来はスタッフの休憩は15分だ。
まあ八重樫とはこの場だけの付き合いだ。
「傘は体育館で厨房行きと伝えていただければ、私に戻りますのでご心配なく。ではお気をつけて」
俺は八重樫にお辞儀した。
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