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第三十三話 カシルの変身
戸惑うアウレリアとスーロン。
建物内にあるスピーカーから聞こえるコマンダージェイの声が、先ほどとは打って変わって嬉しそうになる。
「この作品のクライマックスを変えなくてはな」
コマンダージェイがそういうと、いつの間にかカシル小隊長が現れていた。
特に武装などはしない。
それどころから拳銃、いやナイフすらも持っていなかった。
アウレリアがカシルに言う。
「どこに隠れてたんだよ、デカブツ」
何も答えずに黙ったままのカシル。
アウレリアは、先ほど拾ったマテバ 6 UnicaとIMIジェリコ941に弾丸を込めながら続ける。
「てめぇひとりであたしたちを殺ろうってのかよ。ずいぶん傲慢じゃねぇか」
そのセリフを聞いて、スーロンは笑みを浮かべた。
アウレリアが弾を補充したIMIジェリコ941を構えると、マテバ 6 Unicaをスーロンへ投げ渡す。
ついさっき――。
互いに銃を向け合う前と同じことをしているが、今度は違う。
スーロンは思う
……そう。
私たちは一緒に戦うんだ。
スーロンも、アウレリアと同じようにカシルへ銃を向けた。
IMIジェリコ941とマテバ 6 Unicaの銃口が、カシルをとらえている。
そのとき、スピーカーからコマンダージェイの声が聞こえた。
「いくらカシル小隊長でも、マリゴールドとサイレント·クリーンキル二人を相手にするのは、ちと厳しい……。だが、それでも彼は勝つだろう」
コマンダージェイが自信満々にいうと、カシルはプラスチック素材の拳銃のようなものを取り出した。
アウレリアとスーロンの二人は、カシルがそれを構える前に銃の引き金を引く。
銃声が鳴り、カシルの腹部に二つの穴が開いた。
「容赦なしといったところか。だが無駄だよ」
コマンダージェイの言葉に、アウレリアとスーロンは顔をしかめた。
それからカシルを見る二人。
カシルは、先ほど持っていたプラスチック素材の拳銃を自らの首に打ち込んでいた。
それは最新の注射器MEDJETだ。
MEDJETは、炭酸ガスの圧力を利用し、針を使わずに注射できる医療機器。
33ゲージの注射針よりも小さな浸入点から、確実に注射·浸透させることができ、安全かつ、痛みを押さえて治療が可能な機械だ。
コマンダージェイが言う。
「実は日本へ来る前に、ニューデリーへ行ってね。そこで面白いものを手に入れたんだが、まぁ、説明はいらないな。今にわかる」
MEDJETを打ったカシル。
その直後、異様に筋肉が膨らみ、血管が浮かび上がり、目が充血しだす。
着ている服が破け、そして喉の奥から獣のような唸り声を漏らした。
アウレリアとスーロンは、その姿を見てただ驚愕している。
「喜んでもらえたかな? 今のカシル小隊長は、生物学的にいえば合成種というやつらしい」
キメラとは、二種類以上の異なった胚を結合して作られる個体であり、頭はライオン、胴体はヤギ、尾はヘビという姿をした、ギリシャ神話の空想上の動物「キマイラ」から名付けられた。
山羊(goat)と羊(sheep)から作られた合成種ギープ(geep)や、多くの人がどこかで写真を見たことはあるだろう、人間の耳を背中にくっつけたマウスなどが有名である。
キメラは人工的に作る以外に生まれることはなく、交配能力もない。
また一つの生命の中に、別の種類の細胞がそれぞれ交じりあうことなく共存しているのが特徴だ。
「それではクライマックスを楽しんでくれたまえ」
そういうと、スピーカーからプツっと音がし、コマンダージェイの声はしなくなった。
キメラとなったカシルは、ゆっくりと周りを見渡している。
その様子は、まるで野生動物のようで、彼にはもう思考がなくなっていることを感じさせた。
そして、カシルがアウレリアとスーロンに気がつく。
「あたしたちがやることは二つだぜ、スー」
アウレリアが指を二本立てた。
「ひとつ、必ずここから生きて出る」
目的を口にするたびに、指を折り曲げていくアウレリア。
「ふたつ、コマンダージェイの野郎をぶっ殺す」
アウレリアの言葉を聞いて、指を立てたスーロンが付け加える。
「三つだよ。ここを出て半蔵さんとイゼル、そして私の新しい友達たちにレリアの作った料理を食べてもらう」
「オッケィ、三つだな」
アウレリアは口角を上げながら返した。
開いた口からは、八重歯を覗かせると、スーロンも笑う。
そして、カシルがもの凄い速度で二人に襲い掛かった。
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