40人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
第三十四話 不条理の怪物
MEDJETを自分の身体に打ったカシルは、まるで壁のようだった。
その圧迫感は、古い城にある罠、侵入者を押し潰す吊り天井を連想させた。
罠に落ちた人間を冷酷に圧殺する殺人機械。
人間の手ではけして敵わない不条理の怪物。
強制的に味わわされてきた過酷な運命。
連中は自分たちよりも大きく、強い。
誰であっても勝てはしない。
だが、アウレリアとスーロンの心は折れなかった。
それは彼女たちが強かったから――というだけではない。
殺人機械、不条理の怪物、過酷な運命に比べれば、彼女たちは無力だ。
それでも、彼女ら――アウレリア、スーロンには、命を懸ける覚悟がある。
それは信じるものがあるからだ。
二人は互いを信じている。
ここまで来るのに、手を貸してくれた仲間たちを信じている。
それができるのは、二人のために死んでいった者たちのおかげだった。
IMIジェリコ941をカシルへ向け、銃弾を撃ち込むアウレリア。
眉間へと弾丸は当たったが、カシルは多少苦しむだけで、またこちらへ向かってくる。
「クソッたれ……」
アウレリアは吐き捨てた。
香港の暗殺者時代に、いくつもの修羅場を潜り抜けてきたが、こんな怪物を相手にするのは初めてだ。
……どうすればいい?
表情を歪めるアウレリアの横で、スーロンが冷静に銃弾を撃ち込んでいた。
マテバ 6 Unica――。
銃身が下にあるのが特徴の回転式拳銃。
発射の反動による銃口の跳ね上がり(マズルジャンプ) を軽減できるのは強みだが、手に受ける反動は他の拳銃に比べて強くなる。
その他にも照準線と銃身がやや離れてしまっているため狙いが付けづらいという欠点と、弾倉の振り出し方向が左上という使いづらさもあるものだ。
だが、スーロンは慣れない回転式拳銃で、正確にカシルの心臓部、額などに当てていく。
それを見て、アウレリアが笑みを浮かべた。
「やっぱスゲーわ、お前」
「そんなことよりレリアも撃って」
二人はカシルの身体中を撃ち抜く。
文字通り蜂の巣だ。
カシルは微かによろめいた。
「レリア、今のうちに引きましょう」
「どこへ行く気だ?」
「外にこの怪物を殺れる武器がある」
スーロンの言葉が合図となり、二人は走り出した。
一階へは降りず、長い廊下から外へ出る窓を探す。
走りながらスーロンが訊く。
「駐車場へ出たいんだけど、わかる?」
アウレリアは口角を上げて返す。
「そっか、わかったぜ。お前のいう武器が。こっちからが早いぞ」
それから、駐車場の見える窓の前に立った二人は、そこから迷わず飛び降りて行く。
駐車場のコンクリートを避け、手入れのされている草木の上へ。
衝撃に備え、わずかに膝を曲げて身構える。
アウレリアは、こちらが叩きつけるぐらいのつもりで、踵から着地した。
スーロンは、まるで猫のように転がって受け身を取る。
「あたしもマーベルヒーローになれっかな」
「なれるよ。だって、私の家族だもの」
二人は互いに笑みを返し合った。
そして、先ほど飛んだ窓を見上げる。
どうやら、カシルは追いかけてきていないようだ。
アウレリアは、スーロンからマテバ 6 Unicaを受け取って、持っているIMIジェリコ941とともに弾丸を補充する。
その間、スーロンは駐車場を見渡していた。
「目立つ色だから、すぐわかるはずなんだけど」
弾を込め終わったアウレリアが、スーロンにマテバ 6 Unicaを渡して言う。
「あそこにあんだろ」
「あっ! あった」
「お前……スゲーんだけど、どっか抜けてるよな」
「うぅ……」
呻くスーロンの頭を、ポンポンと叩いたアウレリアは、持っていたキーを出した。
「こいつが武器なんだろ」
アウレリアは、そういうと愛車であるドゥカティ999S イエローカラーにキーを差し込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!